第59話 小話 ラスティとクリス殿下とシャムロックの飲み会

 シャンの手当てが無事に終わってホッとする。状態は酷かったがなんとか冬までには治るだろう。


 シャンが起きなくて良かったと心から思った。

 シャンが寝ていることをいいことにシャンの目の前で、クリス殿下が「なぜ俺のところに連れてきた?」なんて聞いてくるから一瞬ギョッとしたけど、俺もクリス殿下の本心を確かめたかったし、伝えておきたいこともあったので、ひとりの男として話をした。


 俺だって、本当ならクリス殿下のところなんかにシャンを連れて行きたくなかった。

 俺がどれだけひとりでシャンを独占して、介抱したかったか。


 でも、シャンはそうじゃない。

 シャンはクリス殿下が好きだ。

 彼女の気持ちや高熱である現状を考えると、クリス殿下の元に連れて行くのが1番良い選択だと思ったんだ。

 そしてやはり、クリス殿下もシャンのことが好きだった。


 ふたりが両思いだと確信はあったんだ。


 まず、クリス殿下本人は嫉妬心丸出しだと自覚していなかったようだけど、俺とシャンが他愛もない会話をしているだけでも、ものすごく嫉妬に満ちた空気を俺にだしていた。

 それを自分では気づいてないんだから、タチが悪すぎる。

 極めつけはさっきだ。

 殺気でマジで殺されるかと思った。


 シャンは見ていてわかった。

 伊達に「友人」を何年もやってる訳じゃない。

 元婚約者のペイトン殿のことよりも、他に誰かと王都でなにかあったことは薄々感じていた。

 そして、小麦畑での収穫の時、「ただのクリス」が「クリス殿下」とわかった時からシャンの雰囲気が変わった。

 ふたりの過去になにかあったと確信した。


 そして俺の予想通り、シャンはクリス殿下に忘れられない静かな想いをずっと持っていたようだった。


 ガフ領だけで使われるプロポーズの言葉をシャンがあんなに泣きそうな顔をしながらその言葉を口にした時、俺はわかっていたこととはいえ、少なからずショックだった。

 

 だけども、クリス殿下の「なんのことだ」という発言には、これはシャンの気持ちをなんとかしてやらなければと、この人には永遠に伝わらないと思った俺はお人好し過ぎるだろか。


 だから、俺って偉いだろ。

 まぁ、シャンが幸せになるんだったら良いんだ。

 失恋が確定したのにふたりのためにがんばった。

 誰か、俺を慰めてくれよ。



「お前ら、何してんの?」

 砦の責任者で、騎士団でも一目置かれているシャムロック様が開いている扉から、酒を片手にチーズを抱きかかえて、ヒョイと赤くなった顔を出してくる。


 この方にシャンの状態を報告する。

 そして、クリス殿下と俺の組み合わせにニヤニヤしながら、シャンの様子をみんなで看ながら、飲もうと言い出す。


 どうやら、これは事情を知っているか、勘づいている様子のシャムロック様だ。

 いまも泥酔しているのに、まだ飲む気のようだ。

 クリス殿下もシャムロック様には頭が上がらないらしく、渋々応じている。


 俺としてはシャンとクリス殿下が両思いだとわかっているが、今はまだクリス殿下とシャンとふたりっきりにはさせたくないので、シャムロック様は良い仕事をしてくださる。


 3人でベットの目の前の床に座り、シャムロック様が持ってきた酒とチーズを頂く。

 クリス殿下の部屋には、酒とデーツが用意されていたらしく、それにも手をつける。


 シャムロック様はシャンから「死体をよろしく」の発言を聞いて知っておられたし、3年前に王都でなにがあったのかも知っていた。

 さすが、いつも領主様ご一行を護衛して王都に行かれていただけのことはある。

 

 3年前、シャンが植物園に行った帰りの迎えに行ったシャムロック様は雨に濡れて、声を上げずにポロポロと泣いているシャンを道で発見したらしい。

 その時のことを聞いたクリス殿下がなんとも苦しそうな表情をするもんだから、この人のシャンへの深い重い気持ちを垣間見た気がした。


 シャムロック様は、俺の気持ちも薄々わかっていたらしく、肩を抱かれ慰められた。

 もちろん、ふたりのことは祝福するけど、まだ諦めた訳ではない。

 虎視眈々とチャンスを狙おうじゃないか。

 隙さえあれば…



 気づいたら、シャムロック様のお腹を枕に寝ていた。

 シャムロック様はクリス殿下のお腹を枕に寝ている。

 普通、王族の方のお腹を枕にするなんて聞いたことも見たこともない。

 それが出来るシャムロック様は凄いし、それに対して少しもイヤな顔をしない、むしろ楽しんでいるクリス殿下の器のデカさを目の当たりにし、ライバルはとんでもない奴だと悟った。


 それでも俺はまだ諦めないけどね。

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