第58話 最終話

俺はカーディナルとその軍とともに隣国マッキノンに向けて急ぎ、馬を走らせる。

 もちろん、捕らえた王も無理矢理に連れて帰る。


 やはり急ぐには理由がある。

 クーデターも成功し、マッキノンではいまはカーディナルの信頼できる者たちがクーデター後の処理をして、帰りを待っていてくれるが、マッキノン王が俺達の作戦を事前に知っていた事実を考えると、まだ油断はできない。

 急ぎ戻って、強固な体制を整えることが急務だ。


 国境まで先導してくれているのは、俺の近衛騎士であり、剣の師匠だったシャムロックだ。


 きっと二日酔い、いやまだ昨夜(ほぼ明け方)の酒が残っていて、まだ酔っているはずなのに先導するのだと言って聞かなかった。

 彼は間違いなく、山中に残っている可能性がある王派の残兵を警戒してのことだろう。

 彼の背中が子を守る親のようだ。

 いつまでも子ども扱いしてくれる師匠の気持ちがうれしかった。




 今日も無事に終わった。

 あの戦争からひと月が経った。


 マッキノンの王城のベランダから暮れゆく陽を見ながら、王都の向こうにある山々に想いを馳せる。


 あの向こうで今日もシャンディは笑っているだろうか。


「やっぱりここか」

「カーディナル!執務は終わったのか?」

 ため息を吐きながら、首を振るカーディナルは少し疲れているようだ。


 クーデター成功から、息つく間もなく国境での戦闘、そして王の捕縛に王派の一掃。

 政治体制を整え、同時に疲弊した経済や生活基盤の整備に着手。


 夜遅くまで話し合いをしていることもしばしばだ。

 私はニコラシカとの平和条約締結に向けた準備と同時に、マッキノンとニコラシカと他国との平和条約締結を探っている。


「なぁ、クリス。君がそんなに平和にこだわるのは、なんだかんだ言っても結局彼女のためなんだろう」

 カーディナルがニヤッとしながら聞いてくる。

 俺も不意にカーディナルに核心をつかれて、思わず笑った。


「ふふっ。そうだよ。今ごろ、気づいた?シャンディが平穏に笑って暮らせるようにさ。それが全てだ」

「そうだと思った。国のため、国民のためだと言ってても、シャンディ嬢を見るクリスの表情で確信したよ」

 カーディナルも久しぶりに声を出して笑う。


「ねぇ、クリス。このままマッキノンに残って外交の仕事をしないか?お前になら、任せられるんだけど」

「それはキールに任せるよ」


 カーディナルはキールの顔をよく覚えているようだった。

「妹の心をまんまと盗んだ、あの逞しい身体の男前の彼ね」

 カーディナルがムッとするような表情を見せながらも、瞳では幸せそうに笑っている。


「キールはいい奴だし、頭もキレる。それに信頼できる人間だよ。パナシェ姫を誰よりも幸せにしてくれるのは間違いない。実際そうだったろ?敵ばかりのニコラシカで馴染めるように誰よりも心を尽くしたのはキールだ。わざとキールをニコラシカに置いていって正解だったよ」

「そこまで計算していたのか?」

「まさか。人の恋心までは計算できないよ」


 本当は人質としてマッキノンに赴くのに、側近としてキールを連れて行きたかった。

 でも、連れて来なかったのはキールの身の安全と、出世のためでもある。

 俺に付いていたら、キールの未来はないと思ったのだ。


「キールとパナシェ姫の未来が楽しみだ。よろしく頼むよ」

「わかっている」

 カーディナルが力強く頷いてくれる。


「クリスはこれが落ち着いたらどうするんだ?」

「決まっているだろう。ガフ領に行くさ」

「それ、周りを説得出来るのか?」

「当たり前だろ。やってみせる。それに俺がマッキノンの近くいたら、カーディナルも安心だろう?」

「自分で言うな。でも、俺にとって最高の環境だ」

 お互いの瞳の向こうに未来が見える。

 陽が落ちるまでずっと笑っていられた。



 あの最後の戦争から1年。

 今日は年に1回の王宮での舞踏会。

 もちろん、今年は隣国対策を話し合う総会はなく、マッキノンとの平和条約締結の式典だ。

 式典は厳かに進行し、改めて新しい時代がくることを実感した。

 

 つつがなく式典も終了し、残すは舞踏会だ。

 わたし、シャンディ・ガフはやっとこの場に姿を現した令嬢ということでひときわなぜか視線を集める。

 しかも4年ぶりの参加なのだ。珍獣扱いになるのは仕方ない。


 戦場で切られた髪の毛はこの1年でだいぶ伸びたのに病気設定だったわたしが、妙に筋肉質なのが失敗だったのだろうか?

 肩を出すドレスなので締まった背筋や上腕は隠せないし、左腕の傷跡もある。

 この真っ青な色の独占欲に満ちたドレスを贈ってきた男には困ったものだ。

 

 大広間での人々の視線に疲れて、懐かしい広大な庭園の一角に足を運ぶ。

 生垣から噴水を眺め、ここから見た4年前のことが思い出された。


「シャンディ」

 振り向くと真っ白な正装姿のクリス殿下が立っていた。今日は一段と白い正装が黒髪に映え、麗しい。

 

「クリス殿下!」


 先ほどの式典でも、クリス殿下の功績が紹介されていたが、ニコラシカとマッキノンの平和条約締結に尽力をされるだけではなく、さらにいまは他国とも平和条約締結に向けて邁進されていて、近いうちに実現されるとのこと。

 平和な時代が着実に揺るぎないものになってきている。


 4年前の生垣に隠れて自分の婚約者を見ていたクリス殿下からは想像も出来ない。


「ここだと思った」

 クリス殿下がフワッとした黒髪を自分でクシャと触りながら、わたしに微笑む。


「今宵は月が綺麗だな」

「一緒に見れる月は特別に綺麗ですよね」


 初めてクリス殿下に会った時は月は雲に隠れていた。


 クリス殿下がそっとわたしの腰に手を回し、抱き寄せてわたしの出ている肩と首筋に優しくキスをした。


「今日のシャンディは一段と綺麗だ。ドレスを着てくれてありがとう」

 耳元で甘く囁く。


 珍しく緊張されているのが伝わってきた。




「シャンディ、俺と婚約してくれないか?」


 真っ直ぐにそのドレスと同じ青い瞳を向けられる。


 結婚…ではなく、婚約。

 そこにふたりには大きな意味があるのを知っている。


「はい」


 笑顔で答えると、瞳が熱くなって頬を一粒の涙が伝う。


「また、泣き笑いだな」

 クリス殿下が愛しそうにわたしの涙に触れる。


「決められた相手のことを少しずつ好きになって愛を掴み取るのも良いけど、俺はこっちかな。愛を掴みとってから婚約するのは、何倍も幸せに感じるものなんだな」


 わたしは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、うん。うん。と頷く。


「もう婚約者の愛を掴み取らなくて良いんですよね」


 震える声で言うとクリス殿下が破顔する。

「もちろん!」


 逞しく腕がわたしをぎゅっと包み込む。


「次はふたりの未来に向けて奮闘しよう。俺はガフ領に行くよ」


「いつでも大歓迎です」

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