第57話 信じている

「シャンディ、探したぞ」


 キール様と大笑いした後にクリス殿下の悪口のようなノロケのような話をしていたら、噂をしていた本人様が走ってこちらに来られた。

 わたしを急いで探していたのか、クリス殿下は息を切らしている。


「どうかされましたか?」

「いま、パナシェ姫が帰国をされないでニコラシカに残るとカーディナルから聞いた。だから俺が一度マッキノンに戻ることにしたよ」


 情報が早い。

 いまさっき、決まった話だ。


「父やラムレット兄さんへの報告はギブソン兄さんで十分だしな。それよりもカーディナル皇太子派の作戦が王派側に漏れていたことが少し気になっているから、マッキノンに戻るのはちょうど良い」


 やっぱり、気にされていたんだ。

 マッキノン王がカーディナル殿下の作戦を知った上で、王派を一掃する計画を立て実行したことを。


「承知しました。ご連絡ありがとうございます。マッキノンの出立に向けてご入用のものがあれば、急ぎ準備しますがなにかありますか?」


 業務連絡だと思い、仕事の時のような返事を返すと、クリス殿下にものすごく怪訝な顔をされた。

 

「シャンディは俺がマッキノンに急に行くことになって大丈夫か?」

「え…っと?」


 ああ、そういうことかと理解が追いつく。

 クリス殿下は2、3日はガフ領に残り、戦後処理をされる予定だったから、もう少しだけ一緒にいられるつもりだった。

 だから、こんなに急に出立されると、わたしの心の準備ができていない。


 そんなわたしに気遣ってくれたのだ。

 思わず、クリス殿下のその気持ちがうれしくって、笑顔になるのは許して欲しい。

 

 クリス殿下と思いが通じ合ったいまは、わたしがそう言うことをクリス殿下に対して、素直に口にしても良いんだと改めて気づく。


「すごく淋しいです」

 正直な気持ちを言葉にすると泣きそうになった。

 クリス殿下の綺麗な青の瞳を見ると、喜びと憂いが同居している。


「わたしは淋しいですよ。不安も大きいです。次にいつ会えるのだろう。次も生きて会えるだろうか。こんな仕事をしているから、余計に不安は尽きませんよ」


 話しているうちにどんどん淋しくなってくる。


「うん。俺もすごく淋しい。それを伝えたいだけだったのに、シャンディを目の前にするとどんどん欲張りになる自分がいて、抑えられないんだ」


 クリス殿下が耳まで赤くされる。


「抱きしめても?」

「ここではダメですよ。キール様もいるじゃないですか」


 それを聞いたクリス殿下は不服そうなその表情する。でもそんな表情をわたしだけが見れるのはうれしい。

 お互いの気持ちがわかった今だから、心を許してくれているようなその素の表情をうれしく思う。


 横でやり取りを聞いていたキール様が唖然としていた。


「3年前は女性を口説くことはおろか、話すことさえ大変だったクリス殿下が人を愛するとこうも変わるんですね」

 締まりのない顔で生温かい視線を向けてくるキール様ですが、いやいや貴方もパナシェ姫にかなり好意を向けられていますがと、これからどうするんですかと突っ込みたくなる。


 キール様はパナシェ姫の気持ちに気づいておられるのだろうか?

 絶対気づいていて、まんざらでもないよね。

 さっきの共同墓地に集合したいと話していたがその相談事だろう。


 話の矛先がキール様に向きそうになると察知したキール様は、逃げるようにその場を離れた。


 廊下とはいえ、クリス殿下とふたりきりになった。


 クリス殿下が照れながら、そっとわたしに近づいてきて、ぎゅっと抱きしめた。


「シャンディを覚えておきたいから、このままでいて」


 わたしが小さく頷くと、体温を確認するかのようにクリス殿下がわたしをさらにきつく抱きしめる。


「やっと、シャンディをこの腕の中に閉じ込められる日がきたのに、また離れなければならないなんて」

「わたしはクリス殿下に今回一目でも会えて、そして思いを伝えられて、それだけで十分に幸せでした。だからこれ以上は望んだらバチが当たりそうだから、これで十分です」

「だめだよ。これからはシャンディにはいっぱい幸せになってもらうから。だから、これだけで満足しないで待っていて。必ずガフ領に俺は行くから」


 3年前にも聞いた言葉。

 そしていま、本当に来て側にいる。


 だから、信じている。


「待っています」




 朝日が登ったところで、カーディナル殿下とクリス殿下はマッキノンに一緒に戻られて行った。



 そして、それを見届けてすぐにギブソン殿下とパナシェ姫とキール様のご一行も王都に向けて、出立された。

 


「急に静かになったな」

 見えなくなるまで見送っていたら、聞き慣れた声が横で聞こえた。


「ラスティ!」

「いろいろあったな。俺達もそろそろ領都に帰るか」

「そうね。これから忙しくなるね」


 もう見えなくなったのに、ふたりで遠くを見る。

「俺はまだ諦めてから」

「えっ?」

 

 わたしにはよく聞こえなかったけど、ラスティが小声で呟くようになにかを言った。

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