第40話 国境へ

 下弦の月明かりの中、交易路ではなく、領民しか使わない農道を走り抜けていく。

 もちろん、整備も大してされていないので、道幅も狭く気を抜くことはできない。

 ガフ領は王都や隣国マッキノンに繋がる道は基本、わざと整備をしない。

 進軍しにくいようにだ。


 国境越えに繋がる峠の前で人影がひとつあった。

 一瞬、敵かと構えたがすぐによく知っている人物だとわかった。

 ラスティが騎士服でわたし達を待っていたのだ。


「一緒に国境まで行く。隊長からの命令だ。領主様も知っている」

 月明かりでよく見えないが、ラスティもいつもより背筋が伸び緊張しているようだ。


「そうなのね!ラスティがいると心強いわ!それにしてもここを通るってよくわかったわね」

「当たり前だろ。俺たち、何年一緒にいると思っているんだ。シャンの考えていることは、大体はわかるぞ」

「そうだったのね」


 思いがけない助っ人に驚きながらも、待っていてくれたのが気心の知れた同級生であり、同期のラスティで少しホッとする。


 「プランBのことは聞いたんだろう」

 「うん。聞いたわ」


 プランB。

 さっき、トム殿がクリス殿下に命をかけて伝えにきたこと。

 それは、王派をカーディナル殿下の軍とニコラシカの軍、つまりガフ領の騎士団とが王派を挟み討ちにするプランだった。

 隣国マッキノンからすれば、ニコラシカと手を組む。王派にすれば、常識では考えられないとんでもないプランだ。

 確かにこの計画を書簡にするのは危険だ。

 


 隣国マッキノンの王都でカーディナル殿下がクーデターが起こせば、王派は王都を取り戻しに帰ってくるだろうと予想していた。

 だから、ニコラシカ国の国境を守るガフ領の騎士団とは睨み合い程度で済むとカーディナル殿下もクリス殿下もそう計算していたようだった。

 それが予想に反して、王派がガフ領にある鉱山を奪いにくる。

 しかも自暴自棄になっている様子。

 戦闘狂が手がつけられない状態となれば、なにをするかわからない。


 事態は深刻だ。


「隊長達は、先発部隊に合流しにもう既に出発をしたから心配するな。シャンは領主様からもこの任務を任されたんだろう」

「うん」

「それなら、俺たちで任務を遂行するぞ」


 ラスティに肩を叩かれ、少しだけ気持ちが楽になった。


「クリス殿下、俺も同行させて頂きます。必ずお守りしますので」

「ラスティ、ありがとう。よろしくお願いします」

 クリス殿下もラスティが来て、より安心したに違いない。


 細心の注意を払いながら、ラスティを先頭に静かに4人で峠を越えて行く。

 わたしは最後尾につく。

 しばらく、順調に進んだ。

 

 バサバサ 

 音がして、上を見る。

 こんな時間なのに鳥が飛んでいる。

 夜行性の鳥か?

 嫌な予感がする。


「鳥が飛んでいます。間もなく国境ですが、油断をしないでください」


 前を走るクリス殿下に声を掛ける。

 クリス殿下が一瞬わたしの方を振り返って、頷いた。


 国境付近まで来ると嫌な予感が的中した。


 王派の偵察隊と思われる騎士が数名、沢で野営をしているのが見えた。

 あちらも既にこちらにも気づいている。


「トム、お前はこのまま走れ!俺らはここで王派の偵察隊を足止めにする!」

 クリス殿下が沢に降りる道で止まる。


「クリス、俺も戦う!」

「トムはマッキノンに戻れ!ニコラシカは間違いなく、プランBで動くとカーディナルに無事に伝えてくれ!」


 トム殿が渋い表情をするが決意したようだ。

「わかった!クリス、あとは頼む!」


 トム殿がラスティを抜いて、一気に速度を上げて駆けて行く。


 その背中を3人で祈るような気持ちで見送る。そのうち、トム殿が見えなくなった。


「さて、あちらは5人ぐらいか。部が悪いですね」

 クリス殿下がため息混じりな発言なのに悪い顔で笑顔だった。

 ラスティも笑っている。


「懲らしめてやりますか」

「そうだね。でも水は汚したくないから、斬るのはダメだよ。お話しも聞かせてもらいたいしね」


 クリス殿下とラスティは阿吽の息でとても楽しそうだ。


「では、峰打ちですね」

 わたしは剣を抜いた。


「シャン。お前はここに残れよ」

 ラスティがわたしに心配そうな顔を向けてくる。

 クリス殿下も同じような顔だ。


「いえ、大丈夫です。さっさと終わらせましょう」

 ふたりが顔を見合わせた。

 わたしの決意が固いことはわかっているんだろう。


「貴女はわたしが守りますよ」

 クリス殿下がわたしにまるで子どもに向けるような優しい瞳を向けた。


「俺もシャンを助けてやるから、思いっきりやれ」

 ラスティは照れているのか目線を合わせてくれないが、発言がわたしに甘い。

 やっぱり頼りになる同期だ。


 わたし達は、いち・にの・さんっ!で、沢で野営をする敵に向かって駆けた。

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