第41話 わたしの死体をよろしく

 本当に申し訳ないぐらい、あっという間に勝負はついた。

 どちらかというと、疲れきっていた敵は戦意があまりなかったし、老兵ばかりだった。


 てっきり腕に自信のある偵察部隊だと思っていたが拘束をして話しを聞けば、昼も夜も休みない移動に老兵は捨てられるように取り残された挙げ句、山中で道に迷ったらしい。


「それにお前に勝てるわけがないだろう」

 クリス殿下の顔を知っているのか、1人の老兵が吐き捨てるように言った。


 どういうこと?


「あの酷い剣術大会でお前はいつも上位入賞者だったのを知っているんだぞ。まさか、ニコラシカの奴だったとはな」


 老兵は明らかにクリス殿下に怯えている。

 一体、どんな酷い剣術大会なの?

 でも、その大会でクリス殿下は上位の成績だった?


 なるほど。だから、あの腕!

 小麦畑の収穫を手伝いに来られた時、クリス殿下がカフリンクスを外し、袖口を捲った時の手や腕が意外にゴツゴツとしていて、間違いなく剣を握る手だと思ったことが思い出された。

 

 そして、3年前に手を繋ぐ練習をした時も剣だこのあるゴツゴツとした手で、鍛錬を欠かさない人だと思ったけど、それは変わらなかったのね。

 やっぱり真面目な人。


 でも、老兵達の話に違和感を感じる。

 クリス殿下やラスティの方を見ると目が合った。

 それぞれが同じようなことを思っているようだ。


 (山中に取り残された?ということはこの山中に本隊がいる?)


「ねぇ、あなた達のいた本隊はどこに向かっているの?」


 縛りあげている老兵のひとりがアハハハと人を馬鹿にしたような笑い方をした。


「もう間に合わないから教えてやるよ。王軍は二手に分かれている。国境に行った王軍は囮だ。俺らが本隊。そして、俺らはここで邪魔者を足止めする捨て駒だよ。あの王め、碌なことを考えないな」


 そう言うと、わたし達の目の前で、奥歯に仕込んだ毒で全員が命を絶った。


 一瞬のことで唖然と見つめるラスティとわたし。

 ただ、クリス殿下は表情動かすことがなく、じっと老兵を見つめていた。


 まさか、隣国マッキノンではこれが日常だったの?



「このままでは砦が危ないな。奴らは間違いなく砦を目指し、砦を一気に攻め落として鉱山を奪うつもりだろう。敵が砦に到着する前に皆に知らせた方がいい」

 クリス殿下は感情を抑えるように冷静に話す。


「シャンとラスティは道に詳しい。二手に分かれよう」

 わたしとラスティはクリス殿下の提案に顔を見合わせ頷く。


「クリス殿下は国境で睨み合う両国の軍の仲裁に行かなければなりませんね。ラスティ、殿下の案内と護衛をお願いするわ」

「シャン、ひとりで砦に行く気か?」

「もちろん。ここからならわたしひとりでも大丈夫よ。心配はいらないわ」


 なにか言いたげなクリス殿下とラスティを見なかったことにしたくて、視線を外しながら言葉を続ける。

「時間がないわ。急ぎましょう」


 亡くなった老兵を埋葬する時間はない。

 とりあえず木の下に並べておく。


「シャンディ、気をつけて」

 クリス殿下が不安そうにわたしを見る。


 精一杯の笑顔をクリス殿下に向ける。

 さっき、図書室で言いかけたこと。

 それをクリス殿下に伝えておかないと。


「わたしも能動的にならないとね」

「なにに?」

 クリス殿下が少し首を捻り、不思議そうにする。


「初めて会った時の夜みたいに」

「ん?」

「次はわたしの前髪を10秒見ていて」


 わたしは自分の前髪を指差す。

 そして、クリス殿下の視線がわたしの前髪にいったことを確認する。


 クリス殿下が数を数え始めた。


「いち、に、さん、し‥」


 クリス殿下の数を数える唇を塞ぐように口づける。

 クリス殿下が目を見張ったまま固まった。



「クリス殿下、わたしの死体をよろしくね」



「えっ?なんのことだ?」

 わたしは愛しいものを抱きしめたい衝動に駆られるのをグッと抑えて、微笑む。



 ラスティが少し離れたところで呆れたようにわたし達を見て微笑んでいた。



 そして、わたし達は国境にクリス殿下とラスティ、砦にはわたしがそれぞれ向かう。

 お互いの無事を口にして別れた。

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