第42話 最後の戦い

 白白と夜が明けてきた。

 辺りがだいぶ見やすくなってきて、見えなかった山々や木々が見えるようになる。

 でも、逆にもう闇に隠れることはできない。


 わたしはいままで出したことがない速さで馬で飛ばしながら、まだ重ねた感触を覚えている唇を手で触ってみる。

 唇全体が熱い。


 戦争では1秒後、自分の生死がどうなっているかなんかわからない。

 だから、まだクリス殿下に伝えられていなかったわたしの気持ちを伝えておきたかった。

 クリス殿下は勘違いをされていたようだけど、わたしの初恋はペイトン様ではなくクリス殿下で、貴方のことがずっと忘れられなかったのだと。


 きっとクリス殿下本人は全く意味を知らないだろうけど、さっきはガフ領流の告白が出来て良かった。

 もう思い残すことも後悔もない。

 いまは少し晴れ晴れとした気持ちだ。



 王軍はこの山中のどこかにいるはずなのに、偶然に遭うことも見つけられることもなく、無事に砦まで辿り着いた。

 砦に着いた時にはすっかり朝だった。


 昨夜のうちに伝令が来たからなのか、いつもより警備が強化されていたが、実家のように温かいこの場所がまだ無事であることに安堵した。


「シャン、よく来たな!!!」

老騎士シャムロックがわたしが到着したのを聞きつけて、駆けてきた。


「師匠!大変です!隣国マッキノンの王軍がこちらに向かっています」

「やっぱりそうか!」

「師匠はわかっていたの?」

「伝令からプランBを聞いた時に違和感があったんだ。あいつはそんなに単純か?という違和感だよ」


 シャムロックはわたしの師匠であり、そしてここの責任者でもある。

 若い頃は王都で近衛騎士をしていた優秀な人物だ。

 数年前にケガをしたのをきっかけに近衛騎士を辞して、故郷の地ガフ領に帰って来てくれた。

 王都のタウンハウスに行くときはいつも護衛としてついて来てくれる。



「みんな、準備は出来ているの?」

「当たり前だろ。みんな、準備は完璧に出来ている」

 周りに目をやれば、いつもの砦の面々が剣やフライパン(なぜ?)を掲げてニヤッと笑いながら、わたしと老騎士シャムロックを囲んでいた。


「みんな…」

「これが最後の戦いだと聞いている。王軍に勝ったら、俺たちは失業だな」

 一斉に笑いが起きる。

 みんな、覚悟を決めたいい顔だ。


「わたしも騎士を失業ね…」

 可笑しくなって、思わず笑ってしまった。肩の力がすぅと抜けるのを感じた。

 

 この大切な人達をわたしの剣で守りたい。




 俺はシャンディをひとりで砦に向かわせて、これで良かったのだろうかと、言い知れぬ不安を抱えながらも、これでもかというぐらいに馬を飛ばす。


 ラスティも無言で前を走り続ける。

 きっと、彼も同じ気持ちのはずだ。

 言い知れぬ不安がずっと胸にある。



 ラスティはよく知っていたなと驚くような悪路を走り、国境にいるガフ領の騎士団と合流できたのは、朝になってから随分と経っていた。


 俺たちの派手な到着が囮である王軍にバレるのは良くないと判断をして、手前で馬を降り、最後はラスティが陣営まで走っていった。


 まだ睨み合いは続いていた。

 それは当然だ。

 囮りの王軍は時間稼ぎで睨み合いを続けて、戦う気はないのだろう。

 下手をすれば、砦の陥落の知らせをじっと待っているのかも知れない。


「あの目の前の王軍が囮りなんですね。どうしたことか… 砦には連絡は?」

「シャンが向かっています」

 騎士団長や各隊長はそれを聞いて少し表情を和らげるが、すぐに誰もが難しい顔をした。


 ここで全総員で戦ってから砦には向かうか、戦う隊と砦に向かう隊とを分けるか、どちらにしても難しい判断だ。


「クリス殿下なら、どうされますか?」

 団長が俺の顔を見て質問をした。

 俺の身分のことを知らなかった者が、思いっきり俺を見て、ヒュと息を呑む。


「カーディナルがそろそろ来るはずだ。だから隊を分けても大丈夫だろう。それと王都までの道に詳しい者にお願いしたいことがある」


 その時、前線が急に騒がしくなって、前線の騎士が息を切らして走ってきた。


「敵国の軍に援軍です!!!」

 直感でカーディナルの軍が到着したと確信した。

「敵国の様子は?」

「なぜか後方が崩れてきています」

 間違いなくカーディナルだ。


「ラスティ、疲れているところ申し訳ないが時間がない。君の完璧なまでの地理を把握している頭脳を見込んでお願いがある」

 俺はラスティに声を掛けた。

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