第11話 エプロンのハンカチ
またまた、発見してしまった。
ペイトン様の浮気現場。
わたしの隣に座っていたキール様もすぐにふたりに気づかれた。
思わずふたりで顔を見合わせる。
それもそのはず。
ペイトン様のお相手は今日もアドニス様だった。
幸いにもクリス殿下は背を向けているので、まだあの2人には気づいていない。
わたしは慌てて、指を指していた手を引っ込める。
「後ろから抱きしめられるって、大好きな人に包まれているようでされて…みたい…ですね」
最後の方は声も小さくなる。
わたしの心では非常ベルが鳴りっぱなしだ。
チラリと遠くのボートに目をやると、まだペイトン様が後ろからアドニス様をぎゅ〜うとしていて、アドニス様の後頭部の髪の毛に顔を埋めている。
どうしよう。
クリス殿下は幸いにもまだ気づかれていないので、このまま気づかなければクリス殿下は傷つかない。
急に黙ったキール様の脇腹を肘で突く。
その合図にキール様が気を利かしてくださる。
「あ、足の痛みが酷くなってきたので帰りたい…です」
キール様の声が上ずっている。
キール様、めっちゃ挙動不審者みたいになっていますよ!がんばって!
「そうか。それでは戻ろうか」
前髪が長いお陰で周りが見えにくいのか、クリス殿下は気づかれない。
オールを動かしてボートの方向転換をクリス殿下がされる。
キール様もわたしも祈るような気持ちでその方向転換を見守る。
でも、ダメだった。
方向転換の際にクリス殿下の目にはペイトン様とアドニス様が映った。
「「「……………」」」
3人に沈黙が続く。
「すみません。またペイトン様が…」
声を絞り出すように謝罪をする。
「いや、アドニスも… 今日は学校が休みだから屋敷でゆっくりするって言っていたのに…」
おふたりは同じ学校に通っておられるようだ。
わたしがキール様の方を見る。
「おふたりは王立学園の最高学年で3年生ですよ。わたしも同学年で18歳です」
わたしが聞きたいことがわかったのかキール様が答えてくださった。
「今日はクリス殿下もキール様も変装しておられるから、アドニス様に気づかれることはないと思うのでご安心くださいね。でも、もう帰りましょう。アドニス様にわたしがおふたりと一緒にいることがわかったら、アドニス様は良い気持ちはしないでしょうから」
「…そうだな」
クリス殿下が力なく答えられる。
もう一度、遠くのあのふたりのボートを確認する。
ペイトン様が後ろから抱きしめて、愛おしいそうにアドニス様の金髪を撫でておられる。
わたしがもう少し大人だったら…
わたしが国の最高峰の王立学園の生徒だったなら…
わたしの髪が黄色に近い金髪でなく、本当の金髪だったなら…
ペイトン様はわたしをボートに誘ってくれた?
どこを何を頑張ったら、ペイトン様はわたしを見てくれるのだろう。
そう考えると、じんわりと視界がぼやけてきて、涙が頬を伝う。
キール様の足にハンカチを貸し出し中なので、隣に座るキール様がメイド服のエプロンの広い面を持ち上げて、貸してくださる。
わたしはそのエプロンに顔を埋めた。
私とキールは無言のまま、ただただ静かに泣くシャンディを見つめる。
私はやりきれない気持ちをオールを漕ぐ手に込める。
「泣くな。シャンディ」
そう、声を掛けてやりたい。
女性を後ろから抱きしめたい気持ちはまだ私にはわからないけど、いまはきみを正面から抱きしめて、頭を撫でながらきみの視界を遮りたいとは思うよ。
キールの白いエプロンをハンカチ代わりに涙を隠す目の前のシャンディに心がズキっと痛んだ。
ペイトン殿がシャンディの素晴らしい心根に気づくのは時間の問題だろう。
シャンディはいまだにペイトン殿の恨み言の一つも私達に言わない。
きっとシャンディなら、ペイトン殿の心をつかみ取れる。
彼女の恋のためにも私がアドニスの愛を掴み取らなければならない。
ペイトン殿はあの愛らしい子の気持ちがわからないのか。
「ふたりともありがとう。落ち着いた」
ボートがだいぶ岸に戻った頃、ようやくシャンディの涙も落ち着いた。
私は思った。
泣き止んだ後の一筋流れる涙を拭きもせず微笑んだ彼女は光輝く水面より美しかった。
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