第19話 思い通りにいかない

 翌日、キール様に手紙でペイトン様との家でのお茶会が無事に終了したことを報告した。


 正直にお茶会が1時間で終わったことなどを事細かく書くと、あのおふたりのすごく悲しそうな顔が目に浮かぶので、心配を掛けまいと当たり障りのない、まるで業務報告のような手紙を。


 とにかく、曲がりなりにもこれで仕事はひとつ終わったので気持ち的にはスッキリするハズなのに気持ちが晴れない。


 きっと、ペイトン様との関係の現実を改めて突きつけられて、打ちのめされたからだろう。

 やっぱりわたしは「名ばかり婚約者」だ。

 ペイトン様の心にわたしは全くいない。


 さて、次はどうする?

 気づけば王都にいられるのもあと1ヶ月半。こんな短い期間でどうペイトン様の愛を掴み取ろうか?

 目標の愛し愛される関係はわたしには、遥かに遠い。




 先ほど珍しく、かつてないことが起こった。昔の言い回しだけど、今日は槍が降ってもおかしくないかも。


 私の婚約者で第3殿下であるクリス殿下が、学園の帰りにお茶をしようと誘ってきたのだ。

 こんなこと、初めてだった。


 とてつもなく無口で、黒髪の長い前髪と眼鏡であまり表情もわからず、何を考えてのかよくわからないあの婚約者が。


「アドニス、クリス殿下がさっき教室に来てなかった?」

「来られたわよ。学園の帰りにお茶をしようと誘われたの」

「ええっ!あのクリス殿下が!」

「珍しいこともあるでしょう」

 友人も私と同じく、クリス殿下の突然の行動に驚いている。


「どうするの?」

「断る理由もないし、一応婚約者だから行ってくるわ」

「大丈夫なの?さっき、お昼ごはんの時も調子悪そうだったけど」

「もう大丈夫よ。心配をありがとう」


 ここ最近は胃の調子が悪いけど、今日はクリス殿下からの珍しいお誘いだし、婚約者なのだから無視はできない。

 どうせ、お茶をしていても無口な彼はほとんど喋らず、私の話しをずっと頷いて聴いているだけ。

 さっさとお茶をして、帰るに限るわ。

 私が婚約者であるクリス殿下とお茶をしたと知ったら、ペイトンが不機嫌になるしね。



 お茶をする店は王都でも人気のケーキ屋だった。

 クリス殿下がこの店を知っているのは少し意外だった。


 いつも流行には疎く、一緒に話しをしても盛り上がることもない、つまらない殿下。

 それが今日はなぜか喋る。喋る。

 王都で人気の髪飾りの店とか、小物の店とか、挙げ句の果てに一緒に行ってみないか?とか。

 この前髪の長い殿下と一緒に歩くのは見た目もあって気乗りしないので、丁重にお断りをしておいた。


 彼が人気だと勧めてきたケーキはチーズケーキだった。

 このチーズケーキ、1番人気であることも知っているし、私はペイトンとたまに来ていてよく食べているのよね。


 勧められたチーズケーキではなく、今シーズンでまだ食べたことのない季節のケーキを選ぶ。


「季節のケーキにしたんだ」

「春ですから、彩りのきれいなケーキに惹かれてしまって…」


 フルーツがたっぷりのケーキなのに、口に入れるとすぐに気分が悪くなった。

 どうしよう…と狼狽える。


「アドニス、どうした?気分が悪いの?」

 この殿下、その前髪でよく見ているわね。

 

「すみません。お昼ごはんの時も調子が悪くてあまり食べられなかったんですが、その後は元気になったので、もう大丈夫だと思っていたんです。でも、やっぱり調子が悪いみたいで、気分が悪くて…」

 いまにも吐きそう。



「今日は帰ろう。またの機会に来たら良いじゃないか」

「すみません。そうして頂けると助かります」


 いますぐ横になりたいぐらい気分が悪い。


 すぐに席を立って、私の手を取って支えてくれるクリス殿下は優しいと思う。

 でも、その前髪が残念なのよね。


 やっぱり一緒に歩くのなら、誰もが振り返る見目麗しいペイトンが1番良いわね。





「シャンディ嬢からお茶会の報告の手紙が俺のところにありましたよ。ペイトン殿と普通に談笑して終えられたとのことでした」

「そうか。シャンディは上手く行ったようだな。私のことも報告したいが、途中で帰ったことを報告すると、彼女のことだから、心配して悲しそうな顔をするだろうな」

 キールとふたりで深いため息を吐く。


「思い通りにいかないもんだな」

「でも、今回はお話しは少しできましたね」

 キールが苦笑いだ。



 恋愛をする前段階のアドニスに好きになってもらうことさえ、ままならない。

 今日もアドニスの心には近づくことが出来なかった。


 慣れた手つきでメニュー表をめくり、

「季節のケーキ」を選んだアドニスを思い出す。

 やっぱりチーズケーキはよく食べているんだ。


 誰と?

 私にそれを聞く権利はない。


 今までアドニスとの貴重な時間にあまり話すこともなく、デートに誘うこともほとんどせず、好きになってもらおうと努力をしなかった自分に酷く腹が立った。

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