第35話 3年前の事実
「3年前のあの植物園での時、初めて前髪を鬱陶しく思った。シャンディが真っ直ぐに私を見て、辺境のこの地に死を覚悟して政略結婚で来る婿の話しをしてくれた時にね」
俺は今でも鮮明に覚えている。
涙を拭(ぬぐい)もせず真っ直ぐに私を射抜くように見てきたシャンディの琥珀色の瞳。
「あの時は申し訳ありませんでした。クリス殿下に大変失礼な発言をしました」
シャンディが私が握っている手を解いて、1歩下がり謝罪をしてくる。
そうじゃないんだ。
謝罪とかじゃないんだ。
「違うよ。俺はシャンディにお礼を言わなければならない。俺を変えてくれたのは貴女なんだ」
解かれたシャンディの手を再び両手で取る。
「シャンディ、ありがとう」
剣だこが出来ている小さな手が熱を持ち、その琥珀色の瞳が大きく見開く。
シャンディが驚いた表情をして、微動だにしない。
俺はそのまま言葉を続ける。
「シャンディが笑っている姿を見たくて前髪を切ったんだよ。やっと、叶ったけど」
シャンディが赤面して俯き、耳まで真っ赤になっているのがわかった。
その反応がうれしかった。
シャンディが俺を意識しているってことだろう。
恥ずかしそうにしているシャンディをこの腕の中で抱きしめたい。
その感情を堪えて、図書室に向かう。
握った手は絶対に解かれないようにぎゅっと握って。
図書室に着いたのはいい。
所々に明かりが灯る薄暗い図書室で、わたしは狼狽えていた。
置いてあるソファセットの長椅子にクリス殿下に座らせられると、何故かクリス殿下も横に座ってきた。
さっきのアレは何?
わたしがクリス殿下を変えたの?
わたしの笑っているところを見たい?
そして、いまもわたしの横に座っていて、まだ手を離してもらえない。
いままで恋愛をしてこなかったわたしは、あまりにも恥ずかしさに、どう反応をしていいのかわからない。
ましてや、二度と会えないと思っていた初恋のひと。
そのひとがいま、わたしの横にいる。
チラッとクリス殿下を見る。
「どうしましたか?」
あの綺麗な青い瞳と見目麗しい顔を向けられ、より一層恥ずかしくなるがここは耐えなければ。
「あの、まずはわたしもクリス殿下にお礼を申し上げないといけません」
「お礼?俺はお礼を言われるようなことは出来なかったはずだよ」
「いえ、わたしとペイトン様が婚約解消をした理由を考えてくださったのは、クリス殿下なのではないですか?わたしが大病を患って、ペイトン様のことを考えて婚約解消をした心優しい令嬢に仕立て上げてくれたのは、クリス殿下の筋書きでしょう?」
クリス殿下は途中までわたしの話を聞いて、なんのことかわかったようで、何か企みがあるような顔をした。
「ああ、そのこと。その噂を広めたのはペイトン殿だよ。筋書きは俺だけど」
クリス殿下がふふっと含み笑をする。
「あの筋書きは自分のためでもあるんだ。もちろん、シャンディやあの当時、公爵令嬢だったアドニス嬢に変な噂が立たないようにペイトン殿とすごく考えたよ」
やっぱりそうだったんだ。
「ちなみにご自分のためにとは?」
「シャンディが王都で開かれる年1回の総会と舞踏会にしばらく来なくていいように病気を理由にしたんだよ。あの時、俺は隣国マッキノンに留学が決まっていて、俺が留学をしている間にシャンディが他の男と出会わないようにしたかったんだ」
予想外の事実に自分の耳を疑った。
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