第8話 可愛い人

 約束の王立学園のお休みの日は、春らしい天気で眩しいぐらいだが、吹き抜ける風が少し冷たく感じる。でも日なたは暖かい。


 指定された場所の日なたで、ボケーとおふたりを待っていたら、遠くから手を振る見たことがあるようでないような2人組が近づいてきた。


 ひとりは侍女さんなのかメイド服で、もうひとりはどこかのご令嬢なのか、ピンクのお出かけ用のドレスに大きな白い帽子を被っておられる。


 王都に知り合いは少ないので、頭をフル回転で誰だったか思い出そうとしていたら、あっという間に近づいて来られたおふたりを見て、声をあげそうなぐらい驚いた。

 

 なんとクリス殿下もキール様もおふたりとも、女装をしている!

 思わず上から下まで二度見をしてしまった。


 「お待たせいたしました」

 いつも元気のよいキール様がメイド服を着て、満面の笑顔だ。


 隣のクリス殿下は可愛いリボンの付いたピンク色のドレスをお召しで深く帽子を被っておられるので、その表情は窺い知れないが漂っている雰囲気から察するにすごく不機嫌ですよね。


 さすがと言っていいのか、おふたり共、女装が良く似合っている。

 長身で細いから、綺麗に着こなされているのよね。

 

 しかもキール様はポニーテールの付け毛を、クリス殿下は白い大きな帽子から黒髪に合わせたおさげの付け毛を垂らされている。

 お化粧もそこそこ上手く出来ているのには、思わずこれはどうなっているの?とキール様に思わず近寄ってじっと見てしまった。


 聞けば、キール様のお姉様とその侍女さんがおふたりを美女に仕立て上げたらしい。

 素晴らしい腕だわ。

 間違いなく、女のわたしがスタイルを含めキラキラ感といい、おふたりに負けていると思う…

 これから、この美女2人と並んで歩くかと思うと自分のショボさにため息が出るわ。

 

「あの。一応確認ですが、今日一日はこの姿で「流行の勉強」と「デートの練習」をされるんですか?」

 不安になっておふたりに確認してみる。


「キールが女性の気持ちを理解するのには、女性になりきるのが1番と力説するから試してみたんだ。何事もやってみないとわからないしね」

 

「…ソウデスネ」

 おっしゃるとおりだけど、クオリティーが高くありません?

 それにクリス殿下は不機嫌かと思いきや、意外に乗り気だったのですね。


「よろしくね」

とクリス殿下に言われ、コクコクと頷いた。

 

 

 気を取り直して、いざ勉強会に出発。


「まずは王都で1番人気のケーキ屋に行きますよ」

 キール様が指差す方向にはすでに人が並んでいた。


 うふふ♡ ケーキ大好き♡

 王都で人気店となれば、絶対に美味しいハズ!その証拠にまだ昼前なのに人が並ぶなんて!


「キール、1番人気のケーキは何ですか?」

「チーズケーキですよ」

 キール様が自信満々に即答してくださる。

「楽しみ♡わたしはチーズケーキを注文しよう」

 満面の笑みでチーズケーキに向かって闊歩していると、キール様が笑いながら恐ろしいことを言う。


「今日は残念ながらケーキは食べませんよ。人気店の場所やどんなラインナップかを調べるだけですよ。人気商品を食べる時はぜひご婚約者とにしてください。初めて口にする感動を共に味わいたいでしょう。知っていたら、一緒に感動できないじゃないですか!」

「ええっ!!」

 キール様、指導が厳しすぎる!

 人気のケーキを目の前に食べられないなんて!


 確かにペイトン様と一緒のものを食べて、「美味しい!」の感動を分かち合ってみたいけど。


 パッと横のクリス殿下を見ると、彼も食べるつもりだったのか、前髪がいつもより下を向いて、ショーンとしている。

 小型犬がまるでショックを受けているよう。


「アドニス様と「すごく美味しいね。でも君の方がもっと美味しそうだ」ぐらいの甘いキモい会話をしてください。無言で終わるとか、もう辞めてくださいよ」


 へっ?

 デートでケーキを一緒に食べるのに無言だったの?

 キール様の爆弾発言に驚いて、クリス殿下を見る。


「恥ずかしくて、会話が出来なかっただけだ。次からは大丈夫だ」

 それでも、自信なさげだ。


 緊張していて会話がままならないなんて、クリス殿下は可愛いですよ。

 アドニス様もそのクリス殿下のご様子では殿下が緊張をされていることには、気づいていらっしゃったのでは?

 きっとわたしと同じように「可愛い♡」と思ってくださったと思いますよ。


 キール様が先日話していた、目標の「楽しい会話」とはこのことだったんですね。

 わたしもいろいろと勉強になります。



 人気のケーキを眺めて、次の話題のお店に向かうことになった。

 メイド姿が愛らしいキール様、無慈悲過ぎる。泣。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る