第4話 共同墓地

「クリス殿下、先ほどの女性は?」

 舞踏会もようやく終わり、カツンカツンと足音の響く王宮の暗い長い廊下を男ふたりで早歩きする。


 私付きの執事兼護衛役で伯爵家の次男でもあり、幼馴染でもあるキール。

 キールは私がアドニス嬢以外と話をする姿を見て、不思議に思ったようだ。


 それも当然だ。

 私は通学する王立学園でもそれ以外でもあまり女性と接触をしない。

 女性が苦手ではないのだが、そう積極的なタイプではない。

 唯一、女性で話しをするのは母とアドニス嬢ぐらいなもんだ。


 あれからシャンディ嬢とは、別々に舞踏会のホールに戻り、お互い何事もなかったように目も合わせることもなかった。


 アドニスもしばらくしてから、舞踏会にひとりで戻ってきた。

 彼女も何事もなかったように私と会話をし、横にいた。



「…ああ。ガフ辺境伯のひとり娘のシャンディ嬢だ」

「あの方がシャンディ嬢なんですね。王立学園には入学されていないし、滅多にお目にかかれないので存じ上げませんでした」

「私もだよ。初めて会話をした。庭園で声を掛けられたんだ。明日、シャンディ嬢と会うことになった」


「えっ?」

キールが目を丸くして驚いている。

そうだろうな。予想通りの反応だ。


「いまから話すことは他言無用だ。キールにも協力して欲しいんだ。さっきのアレ、見ただろう」

「…まぁ、そうですね」

 キールは私の言うアレを思い出したのか、少し気まずそうだ。

 あの時はスカしていたけど、やっぱりしっかり見ていたんだな。


 私はキールにシャンディ嬢との先ほどの出来事とシャンディ嬢とふたりでこれから目指す方向性の話しをした。

 



********************




 翌日、わたしはクリス殿下に指定された共同墓地前に10分前には着いたのに、クリス殿下は既にお待ちだった。


 なるほど。クリス殿下は結構きっちり系だな。

 そして、彼の傍らには同い年ぐらいの青年も一緒だった。


「シャンディ嬢、昨夜はありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 クリス殿下は作業着っぽいズボンにクシャとなったシャツ姿で、長い前髪が昨夜よりボサボサでどこからどう見ても一般市民に見える。

 手には何本かの花が無造作に握られていた。


 わたしも負けていない。

 10秒で着れそうな簡単な作りのワンピースに色も草色の地味なものにした。

 長い髪の毛もひとつに適当に束ねている。完璧な一般市民の姿だ。

 そして、わたしも花束を抱えている。

 

 「へっ?気が合うのなぁ」と一瞬、恐れ多くもお互いが花を持っていることに少し驚いたが、偶然に思惑が一致したのだろう。

 顔に出ないように慌てて取り繕った。


 クリス殿下の傍らにいるもうひとりの方もクリス殿下と似たような服装で目立たないように仕上げていた。


 「彼はわたしの側近のキール。今回、私達の作戦の協力者だよ。事情は説明してある」

「そうだったんですね。キール様よろしくお願いします」

「シャンディ嬢、こちらこそよろしくお願いします」

 話しかけやすそうなキール様もクリス殿下と同じように長身であるが、クリス殿下よりも肩幅もガッツリしていて、護衛役もされていると聞いて頷けた。


「クリス殿下、ところでどうして集合場所が共同墓地なんでしょう?」

 不思議に思っていたので、つい口にしてしまった。


 今日のこの作戦会議が終わったら、久しぶりにここに眠る母方の祖父母のお参りをついでにしようと思っている。

 来る手間が省けてよかったって言ったら、ここに眠る祖父母に怒られそうだが、だから花束もそのためだ。


「墓地がいろいろな意味で意外に1番安全なんだ。墓地で殺人が起きたとか聞かないだろう?人は祖先を敬う気持ちがあるからここでは悪事を働くことがない。それに悪事を働くところをここに眠る方たちに見られて、「罰」も受けたくないだろう?」


 クリス殿下の理論上、治安が1番良いと思われる共同墓地を指定してくださり、わたしがひとりで街に出ることに配慮してくださったんだろう。

 クリス殿下、やっぱりお優しい。けど…意外に面白い方なんだ。

 そして、クリス殿下の分析力がすごい。



「向こうの隅にガゼボがあるんだ。そこで作戦会議を3人でしよう」

 何度かこの共同墓地に来たことはあったが、このガゼボには気づかなかった。


 平日の昼下がりとはいえ人のいない墓地で、3人での作戦会議が墓地の隅っこにあるガゼボで始まった。

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