第5話 計画1

 「で、一体、おふたりでなにを企みますか?」

 席につくなり、いきなり呆れたようにでも目は笑っているキール様がクリス殿下とわたしを代わる代わる見られる。

 好奇心で瞳が爛々としているのがよくわかる。

 この人、相当この状況を面白がっている。


「シャンディ嬢、キールは失礼だよね。企みというよりは計画だよね」

 前髪が長すぎて、その表情が見えないクリス殿下が小さな声でボソッと呟かれる。

 

 どっちも大差はないと思いますが…


「そうですね。計画ですよね。私達がお互いの婚約者の心を掴むための計画です」

 わたしは決意を新たに、キール様に力強く答える。


 護衛というよりは、好奇心だけでクリス殿下についてきたであろうキール様は満足のいく答えを聞いたかのように満面の笑みで何度も頷いている。


「はじめにシャンディ嬢にお願いがあるんだ。これから共に計画を策定し、実行する私達は同士で同じ立場であるから私達だけの時だけでも、クリスと呼んで欲しい」

 クリス殿下がちょっぴり小さくなって申し訳なさそうにされながら、「お願い」をしてくる。

 前髪が長い小型犬のシーズーか、ヨークシャーテリアがお願いをしてくるような愛らしさで、心がグラッとする。


「そ、そんな。恐れ多いです」

「今さら?」

 クリス殿下の横で満面の笑みで聞いていたキール様が口を挟んできた。

「わたしのこともキールで」

 キール様が悪い笑みを浮かべている。


 ええっ。めっちゃ困る ︎

 でも、ここは小型犬クリスのお願い。

 しかも3人の時だけの限定付き。


「わかりました。では、わたしのことはシャンディとお呼びください。キール様も3人の時だけはクリス殿下のことを「クリス」とお呼びくださいよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。それは無理だって!いくら幼馴染だからって、それはとうの昔に…」

慌てるキール様がブツブツ言っているが聞こえないフリ。

「キールもそれで良いじゃないか。私は気にしない」

 クリス殿下からそう言われると、なにか口をパクパクさせながら、キール様は言葉を飲み込んだ。



「さて、クリスにキール。どんなことを計画しましょうか?」

 ワザと令嬢らしからぬニヤリとした顔をふたりに見せる。


 すると、クリス殿下とキール様が不意打ちを食らったかのような顔をして、おふたりで顔を見合わせて急に笑い出した。


「クリスもキールもいつまでも笑ってないで本題に入りますよ」


 なんだか気恥ずかしくなって話題を変えようと話を進める。


「まずは見た目より内面からだよな」

 クリス殿下が至極真面目なこと仰られる。

「いや、この際だからハッキリ言わせてもらいますが、その前にクリスの前髪をなんとかされた方が良いと思われます」

 キール様もその前髪、気になっていたんですね。


「ダメだよ。これは私のアイデンティティなんだ」

「そんなつまらないことを言ってるから、女性にモテないんです。お綺麗な顔をされているのに」


 うん。前髪の件は、キール様を支持しますよ。1番になんとかしないといけないところですよね。

 でもそうなんだ。クリス殿下ってお綺麗な顔立ちなんだ。いまは前髪で全く全貌がわかりませんが。

 というか、おふたりだとこんな気安い会話をされるんですね。

 先ほど、幼馴染だと伺ったが妙に納得だわ。


 

「内面を磨くのに「読書」はどうだ?知識がないと人間は、人間性に厚みが出ずペラッペラだと思われるだろう。まずは歴史書に経済学というのはどうだ?」


 クリス殿下がこれは良いことを思いついたとばかりにうれしそうに提案してきた。

 わたしもキール様も顔を見合わせて、首を横に振る。


「クリス、私達の1番の目的は何ですか?婚約者をメロメロにすることです。なのでここは読書するならズバリ「恋愛小説」一択でしょう!歴史書を読んで相手に語ったところで隣でスヤスヤ寝られちゃいますよ」


 キール様が激しく頷いている。

 貴方(あなた)も寝るタイプなの?


「では「恋愛小説」となるものだが、それは図書館に置いてあるのか?」


 そんな訳ある訳ないでしょう ︎と叫びたいが、ここはググッと我慢をする。

 きっと今までの人生、恋愛小説のようなそんな本を手に取る機会がなかったのね。

 なんて不憫なクリス殿下。

 

「図書館にあるのは「頑張ったらなんとかなった成功体験物語」や「清く正しいルールが身につく絵本」が大半です。私達が教本としたい恋愛小説はちょっとばかり激しいので、図書館では扱えません」

「激しい?」

 これ以上、わたしからクリス殿下に説明するのは、憚られるのでキール様に助けを求める視線を送った。

 キール様がコホンと咳払いをした。


「そうです。ちょっとキスシーンがこう激しかったり、それにこう…ちょっと…」

 キール様が何を思い出したのか、口に手を当てて顔を真っ赤にされた。


 一体、どんな恋愛小説を読んだのよ!


「シャンディは恋愛小説を持っていないか?あれば貸して欲しい」

 恥ずかしそうに消え入りそうな声でクリス殿下がわたしに聞かれる。

 どうやら、クリス殿下は興味を持たれたようですね。


「もちろんありますよ。好きな系統の恋愛とかがバレて嫌ですけどお貸しします」

「君は正直だな。ありがとう」

「今度、お会いする機会があればその時にお渡ししますね」

 とりあえず、恋愛小説がわたし達の教本となるのは間違いなしだ。



「ところでシャンディ嬢はがんばりたいこととかあるのか?」

 急に話を振られた。


「うーん。そうですね。あえて言えば刺繍でしょうか。壊滅的に下手でして…」

「刺繍な…それは自主練で頼む」


満場一致でわたしの自主練が決まった。

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