第50話 交差する嫉妬

 高熱だ。

 シャンの寝ている息遣いが少し苦しそうだ。

「シャン。ここで寝るな」

 可哀想だけど、躊躇しながらも身体を揺すってみる。

 しかし、目を覚ますような気配はない。


 そして、シャンの左手の異常に気づく。

 シャンの利き手でない左手の騎士服に血が酷く付着して、服が切れていることに。


 まさか。

 袖を捲ると、派手に切っていた。

 どう見てもだいぶ深い。

 よく顔にも出さずに耐えていたなと誉めたくなるぐらいの酷さだ。

 しかもこれはさっきの戦場で怪我をしたというよりも、少し時間が経っている。


 きっと、王派軍と沢で闘った昨夜だ。


「クソっ!」

 気づいてやれなかった、守ってやれなかった自分への憤りが込み上げる。


 恐らく、シャンは緊張で痛みがあまりなかったんだろう。それぐらい、眠るまでずっと緊張状態にあったんだろう。


「いまはお前が好きでない男が触れることを許せ。ちゃんと連れて行ってやるから」

 意識のないシャンに小声で謝り、横に抱き抱えて早歩きで急ぐ。


 カツカツと廊下を歩き、目的の客室の扉をノックする。

 俺の名前を告げるとすぐに出てきてくれた。

 クリス殿下だ。


「ラスティ、どうした…」

 途中まで言いかけて、俺が抱えているシャンに気づく。


「シャンディ!」

 俺は大きく頷く。


「クリス殿下、お疲れの時にすみません。シャンが高熱なんです。食堂の床で寝かせて置けなくて、ここに連れてきました。寝台を貸してやってもらえないですか?」

「もちろんだ。早く中へ」


 クリス殿下が扉を大きく開けて招き入れてくれる。

 砦の客室の寝台は簡素な造りでフカフカではない。

 そこにそっとシャンを下ろす。

 まだ寝ておられなかったのか、シーツは綺麗なままだった。


「クリス殿下、少しの間、シャンを見てもらっていて良いですか?怪我の手当ての道具と薬をもらってきます」

「シャンディは怪我をしているのか?」

「ええ、左手の腕を深く切っています」

 クリス殿下がシャンの左の袖を捲ってそっと怪我を確認する。

 その表情が曇る。


「これは酷いな。熱の原因はこれか。ラスティ、頼む」

「承知しました」


 俺は足音を立てないようにそっと部屋を出た。



 シャンディが酷い怪我をしている。

 もう少し気づくのが遅かったら、命の心配もあった。

 俺はなぜ、シャンディの側にいてやらなかった。何を優先した?

 どうして、気づいてやれなかった。

 

 なんて情けないんだ。


 ラスティが高熱のシャンディを抱えてきた。

 こんな時なのに俺はラスティに嫉妬をしてしまう。


 シャンディに触れている。

 シャンディの高熱に気づいてやれる。

 側(そば)にいるのが俺でなくラスティ。


 今日の戦場でようやくシャンディと再会を果たした時も、二言目がラスティは?だった。

 彼が無事だと聞いて、うれしそうにする姿を見て、思わず俺だけを見てほしいと言いそうだった。

 シャンディはただ仲間を心配して聞いただけなのに。


 もしかして、シャンディはラスティに特別な感情があるのだろうか。

 そういえば、いつもシャンディの側(そば)にいるのはラスティだ。

 再会した時も、小麦畑でも、戦でも。


 気付きたくないことに気づいてしまった。

 両手の拳の手のひらに爪が食い込むぐらい、強くぎゅっと握る。


 嫉妬で叫びそうだ。


 俺はこれほどまでに心の狭い男だったのか。今更ながらに己の器の小ささを実感する。


 シャンディが顔を赤くして、額にうっすら汗をかいて苦しそうだ。

 汗を拭ってやろうと、そっと額に触れた。

「…シャンディ」

 

 私の愛しい人。

 私の手のひらにすっぽり収まるほどの小さな顔。

 そして、華奢な肩にいまにも折れそうな細い腕。

 腕の怪我があまりにも酷い。

 きっと傷は残るだろう。


 短くなった髪の毛をひと掬いする。

 戦場で声を掛けた時も短くなった髪の毛があまりに痛々しくて、堪らずシャンディの髪の毛に触れた。

 泣きそうな表情を浮かべるシャンディを抱きしめて、もう心配はなくなったと言ってやりたかった。


 己の感情を制することができるうちに、シャンディにそっと布団を掛けて寝台から離れた。

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