第2話 前髪長めの殿下
植木の影に隠れて、ふたりの様子を伺うわたし。
そして、今年もか…と項垂れそうになる。
その時だった。
わたしの前方左側にある背の高い生垣に隠れて、噴水の前で愛を語らっているであろうペイトン様とご令嬢を唖然と食い入るように見ているひとりの青年に気づいた。
夜なので大広間の灯りだけでは表情はよく見えないが、間違いなくあのふたりを見て、かなりショックを受けている。
だって、青年は微動だにしない。
ここは女の直感。
ペイトン様のお相手のご令嬢の関係者で間違いない。
仕方がない。腹を括る。
わたしは腰を低くして、足音を立てないように1歩、2歩と生垣の横に立ち尽くすその青年に近づいた。
「月が雲隠れしましたね」
噴水の前のふたりに気を取られていた青年はわたしが近づいたことに全く気づいていなかったようで小声で声を掛けると、大層驚いたのか、少し後ろにのけ反った。
その姿が可愛くて、思わず微笑んでしまった。
「突然、お声がけをして申し訳ありません。貴方様が噴水の前で愛を語らう恋人達のご令嬢の方のご関係者とお見受けいたしましたが間違いないですか?」
青年は驚いて声も出ないのか、一度だけ頷いただけだった。
遠くからは暗くて見えなかったが、近くにきて彼の顔がよくわかった。
ちょっとくせ毛の黒髪で前髪が鬱陶しいぐらい長く眼鏡をかけ、ヒョロリとして痩せている。
お召しになっている上着に素晴らしい刺繍が施してある。
まさか…
先ほどの総会では王族席に座っていたその青年…
「あの…貴女は?」
彼はようやく声が出たようだ。小声で聞いてきた。
前髪が長いので眼鏡も半分くらいしか見えず、表情を読むのは難しいが、声からして動揺しているのがわかる。
「大変失礼しました。わたしは辺境伯の娘、シャンディ・ガフです」
彼はすぐに思い当たったようだった。
「ああ!ガフ辺境伯の!」
わたしははっきりと頷いた。
わたしは慌てて右手の人差し指を自分の唇の前で立てて、彼に静かにと促す。
「あまり大きな声でお話しするのは、いまは避けましょう。ご不敬を承知でお伺いしますが、第3殿下のクリス殿下でいらっしゃいますよね?」
小声で囁くように確認をした。
彼がはっきり頷く。
ああ!やっぱり!
そして、辺境の地で暮らし世間の噂に縁遠いわたしでもその噂は耳にしたことがある。
ペイトン様と一緒にいるご令嬢の見当がついた。
ペイトン様と愛を語らっているであろうご令嬢はクリス殿下のご婚約者のアドニス公爵令嬢だ。
ペイトン様 ︎
王族のご婚約者様とふたりきりは絶対ダメでしょう。
ましてや愛を語らい合うだなんて。
頭を抱えたくなった。
「あの、クリス殿下。わたしの婚約者がクリス殿下のご婚約者でいらっしゃるアドニス公爵令嬢様とふたりでお話しをさせていただいておりますこと、大変不敬極まりなく申し訳ございません」
婚約者の不敬はわたしの不敬でもある。
本当なら地面に額を擦り付けて謝罪したい。
いまは派手な謝罪をするも出来ず、普通に頭を下げることしか出来ない。
クリス殿下は第3殿下でいらっしゃるので、皇太子殿下のように注目を浴びている訳ではないから、お名前ぐらいしかわからず、どんな方かも全く知らない。
こんな謝罪で許してくださるような方だったら良いのだけど。
クリス殿下があのふたりの様子を見て、どう捉えたんだろう。誰がどう見ても熱く愛を語らっている恋人同士のようにしか見えなかったよね。
「貴女に責はないよ。全ては彼女の心をわたしのものにできない魅力のない私に非がある」
小声で呟くようにそして悲しそうにクリス殿下は笑った。
胸が締め付けられるようだった。
それはわたしもだから。
「クリス殿下、わたしもです」
クリス殿下の眼鏡の奥の瞳が見開いたのがわかった。
わたしはクリス殿下にペイトン様のことを叱責されるものだと覚悟していた。
王族って、そういうものだと頭で思い込んでいたのだ。
それなのにクリス殿下はまさかのまるで本心を吐露するかのような発言をされ、びっくりして思わずわたしも素直に発言してしまった。
「あ、すみません。わたしと同じだなんて、これも不敬ですね」
クリス殿下は首を横にゆっくり振って否定してくださった。
そして気づけば噴水の前でペイトン様とアドニス様が抱きしめ合っている。
クリス殿下とわたしはそれをただただ呆然と無言で見つめた。
しばらくの沈黙の後、
「シャンディ嬢、お願いがあります」
クリス殿下がわたしの方に向き直った。
「わたしに出来ることでしたら」
「強制はしません。協力していただけないでしょうか。嫌ならはっきり断ってください」
なにをお願いされるのか。
次にくる言葉に身構える。
「共同戦線を張りましょう」
「は?」
戦ですか?
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