第26話 魔王

 今夜は満月なので明るいと思っていたが、木々が鬱蒼と生い茂る森は思いのほか暗い。

 だからと言って、残念ながら怖いとかの女性らしい感情は持ち合わせていない。


 学校を卒業して騎士団に入団してからは何度も野営をしているし、これぐらいのことは辺境の地で暮らす者にとってはなんともない。

 ただ、初夏で虫や野生動物が活発な季節。

 変わった虫に刺されたり、厄介な野生動物に出くわすことだけは勘弁してもらいたい。

 

 膝ぐらいの長さまで伸びた雑草を臆することなく、ガサガサと分け入って見つけておいた泉にたどり着いた。


 泉は夕方に確認した時は真ん中辺りで水が湧き出ていて、深さもそこまで深くはなく、水温も低くないので入っても大丈夫そうなのは確認済みだ。


 持ってきた大きな布を木に掛けて、剣を地面に下ろし、着ていた騎士服を手早く脱ぐ。


 全裸になると、全てのことから解き放たれ自由になったような解放感だ。

 風が身体に直接あたり吹き抜けていく。

 

 両手を伸ばし、夜空に手をかざせば、満月が身体を青白く照らしてくれる。


 そのまま、地面を軽く蹴って、勢いよく頭から泉に飛び込み、水中に潜り込んだ。


 全身に水を感じ、気持ちが良い。

 水面に浮上して、しばらく泳いでみる。

 日中は暑かったので、少し冷たい水温が心地よい。


 どれぐらいの時間が経ったんだろう。

 まだ2、3分ぐらいだと信じたい。

 ちょっと夢中で泳いでしまった。


 全裸で泳いでいることがラスティに見つかると怒られるんだろうなと、ラスティがわたしに小言を言うのが頭をよぎる。

 彼は学生時代からの同級生で、一緒に騎士団に入団した同期でもある。


 ラスティはわたしが顔を洗いに行ったぐらいにしか思っていないはず。

 早く戻らないと心配をして、様子を見にくるかも知れない。

 全裸を見られるのは、わたしは良いけど見てしまうラスティが気の毒だ。

 仕方なく岸まで上がり、髪の毛の水を絞る。

 そして、持ってきた大きな布に顔を埋めた時だった。


 パキッ


 近くの木で上の枝が折れたような音がした。


 木の上に明らかになにかの気配がある。


 慌てて、大きな布を広げて身体に巻きつけ、剣を取る。


 少し先の木の上から黒い影が飛び降り、地面に足をついた。


 最悪。

 人間だわ。


 身体に布を巻きつけているので、動き辛い。

 剣を鞘から抜き、構える。


「待ってくれ!俺は怪しくないから!」

 黒い人影が声を上げる。

 声からして、若い男性のようだ。


 怪しくないって言ってるけど、ここにいるだけで十分怪しいから。


 気を抜くことは出来ない。

 彼が隣国の者かも知れない。


「何者!」

「旅人だっ!!」

 答えになっているような、いないような。

 

 黒い人影がこちらにゆっくりと一歩一歩近づいてくる。

 わたしは剣を握りしめる。


 月明かりに照らされた若い男性は、長身で黒髪の黒いマントを羽織った男だった。


「ま…魔王?」

 その出立ちが漆黒の闇から出てきた魔王のようだった。

 思わず後退りをする。


「俺が魔王なら、貴女は月の女神だな」

 魔王が顔を綻ばせたのがわかった。


 魔王がすぐそこまで近づいてくるが、彼は帯剣をしたまま剣は抜いていない。

 戦う意志はなさそうだ。

 少しホッとする。


「それ以上、わたしに近寄らないで!」


 近づくことを諦め、明らかに戦う意志がないことを示すために魔王のような男は両手を広げた。


 少しの距離をおいて向かい合う。

 満月が雲から出て、辺りが一段と明るくなる。


「やっぱり…シャ」



 ガサガサガサガサ ガサガサ


「シャーーン!!!」


 魔王のような男がなにか言いかけた時に熊でも走ってくるかのような音がする。


 ラスティだ。

 すぐにわかった。

 異変に気づいてくれたんだ。


「ラスティ!わたしはここよ!」

「シャン!!大丈夫か?」


ラスティがものすごい勢いで来てくれた。

息を切らしている。


「わたしは大丈夫よ。それより…」


 わたしの視線でラスティも魔王のような男に気づいた。

 ラスティはチラリと魔王のような男を横目で確認し、すぐにわたしを見る。


「シャン!!なんて格好をしているんだっ!!服はどうしたっ!!」


 そこ??

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