第25話 あれから3年

 3年後


「シャン!飛ばし過ぎだ!」


 収穫期が近づいている金色の小麦畑の細い道を2頭の馬が駆けていき、砂埃が煙のように舞い上がる。

 見渡す限り、小麦畑だ。


「ラスティ、急がないと日が暮れるわ!宿がある町まで一気に走りましょう!」

「諦めろ。このまま走るのは危険だ。遠くに見えるあの森で野営だ」



 わたし、シャンディ・ガフは19歳になった。

 今は学校も卒業して、この辺境の領地、ガフ領で父の領地経営等をサポートしながら、隣国からの攻撃に備えるために領地の騎士団に所属する女騎士でもある。


 今日は騎士団の同僚のラスティ・ネイルと隣国の動きがおかしいと商団から情報を得たので、偵察に行った帰りだ。


 国境は山と山の間にある。

 情報通り、隣国マッキノンとの国境には隣国の兵が少し集まっていた。


 でも、今から戦争を始めるという雰囲気ではない。どちらかと言うと、何かを探しているようだった。

 

 その様子を確認して、少し胸を撫で下ろした。

 今、小麦の収穫直前なので、そんな時期に攻撃があるとうちの領地にはかなりの痛手になる。

 せっかくの豊作なのだから、せめて収穫を終わらせてから小競り合いをしたい。

 今冬に領民が飢えるのはなんとしても避けたかったのだ。


 隣国マッキノンも小麦の収穫直前というのはお互い一緒だろう。

 こんな時期に戦争だなんて、愚の骨頂だと思う。


 それにしても、この3年間は一度も戦争はなかった。


 そう、3年。


 わたしがペイトン様と婚約解消をして領地に戻ってきてから3年。

 いま王都では、わたしは大病を患い、婚約者のために婚約解消をして、長期療養している可哀想な令嬢ということになっている。


 美談に仕立て上げたのは、詳しい話は両親も口を閉ざして教えてくれなかったが、クリス殿下だと思っている。


 あの方は共同墓地を一番安全だと考える観察力と分析力があるから、あの時も貴族達が好きそうな美談を恋愛小説で研究をし、分析をして美談を導き出したんだろう。

 そしてその噂を広めたのが、社交上手のペイトン様だと確信している。

 

 だから、例の年に一度の総会&舞踏会も療養中を理由にいまもずっと欠席をしているのだ。

 わたしとしては、非常に好都合でありがたい。


 そして、クリス殿下がアドニス様と婚約解消をし、人質のように「留学」に行かれたのも3年前。

 ちょうど、この小麦畑が金色の季節だった。


 隣国マッキノンの王女が我が国に「留学」に来られ、そしてクリス殿下が隣国マッキノンに「留学」をされたのを境に、今日まで戦争は起こっていない。


 クリス殿下が人質としての役目をこの3年しっかり果たされておられるからだろう。


 なぜ、人質になったのかも、大方だけど予想はついている。


 アドニス様のためにだろう。


人質は何年に及ぶかわからないので、アドニス様がクリス殿下の帰国を何年も待つことのないように婚約解消をされた。


と言うのが表向きで、裏はアドニス様とペイトン様が誰からも祝福されるご結婚のためだろう。

 世論を上手く誘導されて、3年前の婚約者達の浮気騒動は円満に幕引きがされた。


 あれから、クリス殿下には一度も会っていない。

 キール様はわたしの大病の噂を聞きつけて、わざわざ王都からお見舞いに来られて、元気に学校に通うわたしの姿を見て、口をあんぐり開けておられた。


 わたしからすれば、キール様はクリス殿下に付いて、隣国マッキノンに行かれたと思い込んでいたから、お側を離れる選択をされたことに非常に驚いた。

 クリス殿下は従者もなにもつけず、本当にたった一人で行かれたとのことだった。



 「シャン、そろそろ寝るぞ」

 同僚のラスティは、わたしのことを「シャン」と呼ぶ。

 気づけば、騎士団ではわたしは「シャン」と呼ばれている。

 

「ラスティは先に寝ていて。わたしは埃と汗まみれなので、近くにあった泉で汚れを少し落としてくるわ」

「森の中だぞ。明日、戻れるからそれまで我慢しろよ」

「大丈夫よ。今日は満月で明るいから迷うことはないわ」


 わたしは大きな布と剣を持って、夕方に見つけておいた泉に向かった。

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