第33話 そばにいる
日頃から、少数精鋭で戦争に備えているガフ領の騎士団は半日もあれば、体制が整う。
昼過ぎには国境付近に向かって、精鋭部隊が出発した。
わたしは残念ながら、まだその精鋭部隊には実力がなくて入れない。
同じく、精鋭部隊に入れなかったラスティと共に小麦の収穫班に加わることになった。
「剣を握る前に鎌を握るなんて…」
ブツブツとラスティがぼやきながら、小麦を刈る。
「腹が減っては戦は出来ぬ。って言うでしょう。食糧の確保は重要な任務よ。これが終われば合流出来るんだから、さっさと終わらせてしまいましょうよ」
ラスティを宥めながら、手早く小麦を刈っていく。
今年は例年と違って、静かな収穫だ。
いつもはみんなで歌って踊って、民俗音楽で盛り上がり、時には年寄り達が語る昔話を聴きながら収穫をする。
今年は戦争が近いこともあって、誰もがそんな気にはなれず、無口なままだった。
「作業は進んでいる?」
クリスが作業着のようなシャツとズボン姿で手伝いに来てくれた。
昨日、共同墓地で唐突にクリスに抱きしめられた。
クリスは共同墓地を見て、亡くなった大事な人を思い出したんだろう。
とても辛そうな顔をしていた。
クリスは大事な人を思い出して、それが耐えがたい辛さで、誰かに縋(すが)りたい気分だったんだろう。
そうわかっていても、抱きしめられることに慣れていないわたしは心臓が早鐘を打った。
そして、クリスの腕の中で、こんなに見目麗しく、好青年なクリスをそんな表情にさせる大事な人はどんな人だったんだろうと想像をした。
女性だったのかなと思いを巡らせると、少し淋しいような気持ちになった。
だから、今日はクリスにどんな顔をして、顔を合わせたら良いのか一瞬迷った。
「クリス!お父様との話し合いはもう終わったの?」
「終わったよ。ほとんど先日に俺が知っていることは話しているしね」
冷静を装い、普段通りの会話を心掛ける。
クリスが歩きながらカフリンクスを外し、袖口を捲る。
その仕草に思わず魅入られた。
クリスの手や腕が意外にゴツゴツとしていて、間違いなく剣を握る手だ。
普段は外交関連の仕事をしているらしいのにその職業に似つかわしくない腕だった。
騎士団の小麦の収穫班と一緒に小麦を刈るクリス。
たまに目が合い、優しく微笑まれる。
光を浴びて、クリスの青い瞳が一層輝きを増すのがわかった。
その瞳を見て、やっぱり思い出す。
「ねぇ、クリス。隣国マッキノンに人質として行っている第3殿下のクリス殿下はどうされているか知っている?」
思わず、口にしてしまった。
クリスの小麦を刈る手が止まり、こちらを見据えた。
「知っているよ。どうしているか知りたい?」
「ずっと気になっているから知りたいわ」
真っ直ぐにクリスの綺麗な青い瞳が向けられる。
「シャンディのそばにいる」
「えっ?」
クリスが前髪を手で押さえつけると、前髪が少し長くなった。
いまは前髪はずいぶんと短くなったけど、間違いなく前髪の長い、メガネだったクリスだった。
「ク…クリス殿下?」
「そうだよ」
クリスは、うれしそうに顔を綻ばせた。
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