第32話 勝負
「いや、一般論だ。色んな人が一緒に同じ水につかっているんだぞ。その、なんとなくイヤだろ」
四人が残念なものを見る目でこっちを見てくる。やめろ、そんな目で見るな。
「センパイって潔癖だったんですね……」
「んー、真司は潔癖だとは思ったことないけどな、綺麗好きだとは思う。あいつんちどこ見てもピカピカだし」
「確かにそうだな。本人もこんな野暮ったい髪なのに、不潔に見えたことはないし、よほど気を遣っているんだろう」
「でも、私は霧山くんの言ってることもちょっと分かる気がします」
「あ、伊佐凪先輩、今はそういうのいいんで」
ピシャリ。引き続き茜ちゃんの伊佐凪に対するツッコミが厳しい。
「それでユイ、ここからどうする?」
佐々木はまるでバトル漫画の師匠のような物言いで伊佐凪を試している。
「じゃ、じゃあ霧山くんが行ってくれる条件を教えてほしいです」
「ない」
そんな条件などない。一切譲らないつもりだという意思を込めて伊佐凪をまっすぐ見続ける。
「あぅ…………サキちゃ~ん」
伊佐凪は顔を逸らして、佐々木に泣きついた。
「ッフ。ユイまだまだだな。では、これから『交渉』というヤツを見せてやる」
相変わらず佐々木は謎の強キャラ感を出していた。そして佐々木の目力が強くなる。
「おい、霧山。『勝負』をしよう」
「は? 意味が分からん」
「なに、簡単さ。お前がプールに行かんと言うのなら、私たちはこれから夏休みに入るまで、毎日、毎晩──そう、エブリディ、エブリナイ、四六時中お前の耳元で『プール』と連呼し続ける。あぁ、なんならポストにプールのチラシを毎日投函してもいい」
おい、なんだその地獄は。どう生きてたらそんな脅迫が思い浮かぶんだよ。というか毎日は可能でも毎晩は──。ビクリッ。佐々木の視線の先には伊佐凪がいた。急に視線を向けられたためビクリと驚く。あぁ、なるほど、毎晩我が家に突撃させる気ね。
「霧山ぁ、それはイヤだよなぁ?」
「嫌に決まっている」
「というわけで、『勝負』だ。お前が勝てばプールに関して今後一切口にしない。私たちが勝てばお前はプールに参加する。どうだ? 本来ならばこんな美少女たちとプールなど
なんとも贅沢どころかなんとも理不尽だ。この勝負において俺にとっての実質的なメリットは存在しない。今しがた作られたデメリットを打ち消すのが精々という話し。
チラリと佐々木の顔色を窺う。目の奥には濁った闇が渦巻いており、その口元は悪魔の如く吊り上がっている。
(こいつ、マジでやるつもりだ)
「……勝負の内容は?」
で、あれば白黒つけてしまった方が精神安定上良い。あまりにもデメリットがデカすぎる。打ち消したい。
「ふむ。そちらに任せよう」
まぁ、それくらいは当然か。であれば、俺は自分が負ける可能性がありながらも勝てる可能性が高い勝負を提案する必要がある。例えば腕相撲であれば成り立たないだろう。
「しりとり……。しりとりはどうだ? 佐々木」
「ほぅ。ルールを聞こう」
「まずは通常のルール通り「ん」と「同じ言葉」は負けだ。そして、最初の単語から全てを覚えて言っていかなければならない。どうだ?」
「ふむ。つまりは記憶力勝負……というわけだな? もちろん一文字でも間違っていればアウトということだな?」
「あぁ」
「良かろう。神谷記録係を頼む。正確に頼むぞ」
佐々木には悪いが昔からこういった記憶力には自信がある。
「はいよー」
スマホを取り出して、打ち込む準備万端の秀一。
「悪いが記憶力では負けるつもりはないぞ」
「あぁ、記憶力の勝負か、あるいは語彙力はどうかな?」
佐々木がニヤリと笑う。
「じゃあ、しりとりの『り』から行こうか。俺からでいいか?」
「あぁ、どうぞ」
「りんご」
しりとりと言えばりんごだ。ここだけは譲れない。さぁ、次はなんだ? あぁ分かってる。『ゴリラ』だろう。そして、『ラッパ』ここまではいわばボクシングでゴングが鳴った後、拳を突き合わせる儀式的な──。
「ゴスチーヌイドボール」
「……は?」
「ゴスチーヌイドボールだ。ロシア、サンクトペテルブルグにあるアーケード街の名前だ。なんならググってみろ」
「あったよー」
秀一がスマホで調べて有効判定が出る。
「なるほどな。了解だ。そういう気なんだな?」
佐々木はゴングが鳴った後、俺の突き出す拳を無視して、全力で右ストレートを打ってきた。上等だ。俺はしりとり、りんご、ゴスチーヌイドボールのあと──。
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