第08話 隣の幽霊さん

「おぉー、近くに落ちたな」


 秀一が窓の外を見ながら呟く。


「雨も止まないしなぁ」


 食事をテーブルに置いて、俺も窓の外を見ようとする。するとまた──。


「「うおっ」」


 連発して落ちる雷に二人して、変な声を上げてしまう。


「「…………ップ。アハハハハ」」


 何が面白いか分からないが、二人して変なテンションになって笑いあってしまう。


「「あ……」」


 だが、それは強制的に終了させられた。停電だ。どうやらここの地域一帯が停電したようで、窓の外からも明かりがほとんど消えた。


「スマホ、スマホ」


 二人してスマホのライトを点ける。


「この家ってランタンとかあるっけ」


「ないな。停電したのなんか初めてだし」


「じゃあ、仕方ないな。このスマホのライトを頼りに食事にしよう。真司の作ってくれたご飯が冷めちゃったら困るし」


「まぁ、しゃあないな」


 こうしてテーブルの上に二台スマホを置き、暗闇の中、食事を取ろうとした。その時──。


 ドンドンドンッ。


 壁ドンされた。そりゃもうお隣さんから激しく壁をドンドンされた。


「あれ、真司お隣さん空いてなかった? 入ったの?」


「……あぁ、そうみたいだな」


「どんな人か見た? こんなダイナミックに壁ドンしてくるってゴリラみたいなヤツ?」


「んー、いや、見てない」


「そか。まぁ、目には目を、歯には歯を、壁ドンには壁ドンだな。任せろ真司。俺のキックは世界を獲るキックだ」


「やめろ、バカ。お前が蹴ったら壁に穴が開く!」


 そんなことを言ってる間も壁ドンは鳴りやまない。


(というか、伊佐凪何をしているんだ)


 なんて考えている内に、秀一はスマホを片手に壁際に近づいていた。


 コンコン。


「やめてくださーい。迷惑ですよー」


 壁にノックしてから話しかける秀一。


「おい、やめとけって。近所トラブルとかめんどくさくなるだけだからっ」


 慌てて、壁から離そうとする俺。しかし壁の向こうからは壁ドンではなく、コンコンとノックが返ってきた。秀一はほぅと訳の分からないテンションで壁に耳をつける。


「…………おい、真司。壁の向こうから女が泣いた声で霧山くーん、霧山くーんって言ってるんだが?」


「……え、あ、マズイな。秀一聞こえちゃったかぁ。実は、最近になってこの家に心霊現象が起きててな?」


 コンコン。そんな俺の言葉を真顔で聞いていた秀一が再度壁コンをする。


「どうしましたかー」


 コンコン。壁に耳をつける秀一。


「ふむ。真司、幽霊さんは助けてー、こっちに来てーって叫んでいるが?」


「本格的にマズイな。秀一、幽霊さんと会話しちゃったかー。あちゃー。もうお前は霊界に片足つっこんじゃってるな。今なら戻ってこれるから、そこから離れた方がいい」


 コンコン。


「今いきまーす」


 コンコン。


「うんうん、幽霊さんは、ありがとうございます、ありがとうございますって連呼しているぞー。さ、真司。霊界に行ってみようか」


「……えぇー」


 秀一は全然乗り気ではない俺の手を引っ張り、隣の部屋の扉の前までやってくる。


「じゃあ真司、霊界への扉を開けてくれ」


「いや、俺B級だから、多分この結界通れないんだよね」


「なにそれ」


「……いや、なんでもない」


 もうここまで来たなら仕方ない。俺はガチャリとドアノブを下げ、扉を開けようとする。が、開かない。


「な?」


「いや、なんでドヤ顔なん。ドアノックしてみろよ」


「……」


 仕方なく、ドアをノックする。すると、ドタドタドタと物音が聞こえ、ガチャリ、ドアが開いた。


「うおっ」


「霧山くーんっ」


 ぐしゃぐしゃに泣きながら伊佐凪が飛び出してきた。まさか初手タックルが来るとは思わず、つい受け止めてしまった。どうしようか。


「……へー。随分可愛い幽霊さんがお隣に住んでいたんだね。なるほど、なるほど。だからかー」


 秀一は何かを察したように一人で頷いている。


 俺は両手を上げ、ファールしていないですよとアピールしている。伊佐凪は絶賛タックル中。というかベアハグ? 鯖折り? 呼吸しづらいくらいの力で抱きしめられているのだが。


 秀一の方を見ると、俺の態勢を真似て、右手を自分の胸あたりに置き、撫でるような動きをしている。


「するか」


 頭を撫でろというジェスチャーだ。するわけない。


 秀一はやれやれと肩をすくめる。つーか、喋れよ。なんでわざわざこんな暗闇の中ジェスチャーで伝えようとするんだよ。


「おい、幽霊さん。とりあえず落ち着け。どうした」


「ひぐっ、ひぐっ」


 しかし、伊佐凪は泣くばかりで、俺の胸あたりに顔をゴリゴリと押し付けてくる。なに、それ何の攻撃方法なん?


 秀一はそれを見て、さきほどの手をもう少し下げ、お腹の辺りに持ってきて撫でまわす動きだ。つまり、背中を撫でろ、と。


「背中なら、ってするか。つか、おい伊佐凪いい加減にしろ。張り手かますぞ」


「うぅぅ、うぅ、うわーーーん」


「ダメだこりゃ」


 俺は諦めて、腕をぶらんと垂らし、現実逃避をするために虚空を見つめていた。


 十分ほどしただろうか。ようやく明かりが点いた。伊佐凪もいつの間にか泣き止んでいる。


「真司が作ってくれた夕飯冷めちゃったなぁ」


「お前、どんなメンタルしてんの?」


 この状況でスマホをポチポチいじって時間を潰していた秀一が、久しぶりに口を開いたと思ったら夕飯のこと。おかしなことを言うかも知れないが、もっと動揺しろよ。

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