第07話 秀一に角煮

「あっ、そう言えば、今週の日曜真司んち、行っていい?」


「………………」


 忘れていた。こいつは俺の家によく遊びに来ることを。別に問題は何もない。ただ、隣に越してきた伊佐凪のことはできれば俺の中からも消したいことだ。


「ん? どしたん? 真司が考えるなんて珍しいな。バイト?」


「……いや、日曜はバイト入っていない」


「? それ以外に都合悪いことってあったっけ?」


「……いや、ない」


「??? 変な真司だな。奥歯に画鋲でも挟まったん?」


「…………大丈夫だ」


「まぁ、大丈夫ならいいけど。じゃあいつものように食材持ってくからなー」


「あぁ」


 結構な頻度で秀一は日曜にうちに来る。その時は、毎回秀一が食材を持ち込んで、俺が料理する。別に俺は料理人を目指しているわけではないので、大したものは作れないんだが、一切自炊をしない秀一からすると、凄腕のコックに見えるそうだ。まぁ俺も友人にそう言われたら悪い気はしない。


(だが、イヤな予感がする……)


 俺は晴れ渡った四月の青空の遠くを見ながら、悪い予感を拭いきれないのであった。


 そして日曜。俺は秀一にラインする。


『今日、来ないよな?』


『え、行くよ』


『外、見た?』


『見たよ』


『で、来ないよな?』


『え、行くよ』


「こいつバカなのかな?」


 俺はカーテンを開け、窓を少し開き、外を眺めながらつい呟いてしまう。外は嵐だ。春の嵐。風がビュービュー吹き荒れ、雨がバチバチと打ち付けている。


『悪いことは言わない。来るな』


『私、秀一、今、あなたの部屋の前にいるの』


「…………」


 ダダダダと玄関まで走り、ガチャリとドアを開ける。


「やぁ、タオルと着替え持ってきたんだけど、全部濡れちった。シャワーと服とタオルを貸してくれ。だが安心しろ。食材は守った」


「……おう」


 秀一はニカっと笑って、幾重にも重ねたビニール袋から食材を渡してくる。


「んじゃ、お邪魔っしまーす」


 勝手知ったるなんちゃらという奴で、秀一はシャワールームへ迷わず直行した。


「ふふふーん♪」


 シャワーを浴びながら陽気に歌っている。俺は、びちゃびちゃになった廊下を拭いている。


「あーーー、さっぱりした!! なんでだろうな、こう、不快な思いをした分、さっぱりした時の爽快感三倍マシ的な、な!」


「的な、なじゃねーよ。ちなみにどうやって来たんだ?」


「チャリっ」


 親指を立てて、ドヤ顔をしてくる。


「普通に死ぬぞ」


「ハハハハッ、半分冗談だ」


 いや、半分どこだよ。こいつ絶対チャリで来たわ。


「ま、そんなことより、クンクン。お前、誰かこの部屋に入れた?」


「は? んなわけねぇだろ」


「ふーん。なんか真司っぽくないバスタオルセットとかあったけど?」


 こいつは何なんだ。俺の彼女なのか? いろんな意味で嗅覚ハンパないんだが。


「秀一、実はお前の大好物である豚の角煮を作ってある。食うか?」


「おっ、マジでっ!! なんか良い匂いすると思ってたんだよなぁ。ハハハハ、てっきり女子連れこんだと思ったけど、角煮か。角煮の匂いか!! 食う!」


 ほっ。念のために仕込んでおいて良かった。何を追及されても秀一には角煮を出せば乗り切れる。それは秀一との友人関係の中で学んだことだ。


 それからは、お互い漫画読んだり、スマホいじったり、勉強したりとダラダラと過ごした。日も暮れてきたところで──。


「んじゃ夕飯でも作るかー」


「わーい。真司シェフお願いしまーす」


「へいへい。今日のメニューは、サバの味噌煮と里芋の煮っころがしになります」


「えっ、なんで俺の食べたいメニューが分かったんだいっ」


 うん、それはお前が持ってきた食材がそれだったからだよ?


「じゃ、作るわ」


「うす」


 そして俺は調理を始め、出来上がってテーブルに運んだところで──。


 カッという光りが外から差し込み、間もなく、轟音。

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