第06話 尻に画鋲
「あれー、どうしたの真司。なんか疲れてね?」
「あぁ。ちょっと昨日、犬に噛まれてな」
「えっ、大変じゃん。破傷風? 狂犬病? どこ、どこを噛まれたん」
「……メンタル、かな」
「は? なにそれ。犬にメンタル噛まれるってなに。ポエム?」
「ま、なんでもない。ほれ、ホームルーム始まるぞ。席戻れ、シッシッ」
「ちぇ、人が心配してるってのに」
秀一が口を尖らせて自分の席に戻っていく。新学年が始まったばかりで席順は出席番号順だ。俺が霧山で、秀一が神谷だから、大体前後に並ぶのだが、今回は俺が一番前で、秀一が一番後ろになっていた。ちなみにどうでもいいが、女子はなぜか出席番号の反対順で、伊佐凪は教室の対角線上の一番後ろだ。
「さーて、席替えをするぞー」
ホームルームが始まってから担任の
「したくありませんっ」
と思っていたら、そんな声が後ろの方から聞こえる。振り返ると、伊佐凪の隣、男子出席番号最後の名も知らぬ男子生徒が手を上げて抗議していた。男子たちからは大ブーイングだ。ちなみに俺は席替えをしたい派だ。身長がそこそこ高くて邪魔だから後ろの方に行きたい。区内でトップの進学校だし、みんなわりと真面目に授業を受けているから邪魔をするのは忍びないという理由で。
「和田、席替えを拒む正当な理由があれば、聞いてやるが?」
「うっ、くっ、運は自分でつかみ取りますっ」
「んじゃ、席替えするぞー」
茶番を終え、席替えが始まる。定番のくじ引きだ。男女で出席番号が最初と最後の四人が立ち上がる。その中には伊佐凪と和田が含まれていた。
「んじゃ、最初はグー。じゃんけん──」
別にどっちからでも大して変わらないとは思うが、伊藤君に負けた和田は、またしてもブーイングを食らっていた。女子の方は伊佐凪が勝ったみたいだ。別にブーイングは起きない。そりゃそうだ。
「んじゃ、ほれ、こっちが男子の箱、こっちが女子の箱、順番に引いてけー。全員が引き終わったら移動しろー」
みんなどことなくワクワクした表情でクジを引き始めている。
「ねー、伊佐凪さん何番だったー?」
「フフ、秘密」
伊佐凪の席は男女問わず興味を引くようだ。
「おい、真司。伊佐凪さんの隣引いたら、こっそり交換してやろうか?」
「……むしろ逆だな。俺が隣を引いたら交換してくれ」
伊佐凪の方を意識していたのが秀一にはバレてしまったようだ。つい本音が出てしまう。
「うーし、引くか。んー。ほいっ」
秀一が引いた。次は俺だ。
「…………」
できれば後ろの方になりますように、と思いながら引く。書かれていた数字は四。一番窓際の後ろから二つ目の席。五を引くのがベストだったが、文句を言ったらバチが当たるような良い席だ。
「真司何番?」
「ん」
クジの紙を見せる。
「ふーん。ほれっ」
秀一の方には五。そうか、既に当たりは存在しない中でのクジだったんだな。
「交換してやろうか」
「助かる」
コソっと耳打ちしてくれる秀一。持つべきものはやはり友だな。と、一人しかいない友人に感謝しながらクジを交換してもらう。
「伊佐凪さん、五番なんだー! えぇー、私四番引きたいっ」
「シーっ。綾香、言わないでよぉ」
「「…………」」
ギギギと俺は向き直り、秀一と目を合わす。そして、手を伸ばした。
「……返してくれ」
「おいおい、ブラザー。人が善意で交換して受け取ったものを、自分の都合で取り返すとか、人としてどうなんだい?」
「うぐっ」
その通りだ。秀一はこれを聞く前に善意で交換を申し出てくれた。それを一度は受け取りながら、俺のわがままでやっぱなしにしてくれは、スジが違う。
「というわけで……、目の保養は任せた。俺は浄化された空気で十分だ」
ハハハハと言いながら、立ち去る秀一。結局──。
「あの、霧山くん、お隣よろしくお願いします」
「あぁ、
「あ、俺も俺もー。伊佐凪さんよろしくね。真司の友達で神谷秀一ね、斜向かいさんとしてよろしくー」
一学期の間は、こんな感じで行くみたいだ。
(ま、仕方ないか。話しかけなければいいだけだし)
と、この状況を受け入れようとしたのだが、それは別の意味で早くも崩れ落ちた。
「ねー、伊佐凪さん、美容院とかどこ行ってるのー?」
「なぁ、伊佐凪、部活とかって入ってんの?」
とにかく休み時間の度に、伊佐凪の席に男女問わず人が集まるのだ。で、俺の机に男女問わず尻が乗っかってくる。普通に不快だった。
そこから解放されたのは昼休みだった。伊佐凪は学食に行ったのか、教室からいなくなった。そのおかげでようやく一息つける。
「ハハ、真司その内、ハゲそうだね」
「……なぁ、画鋲置いちゃダメかな」
皆が尻を乗っけてくる場所に画鋲を敷き詰めたい衝動に駆られる。
「休み時間の度にどっか行く?」
「そしたら俺の席で椅子取りゲームが始まるだろ?」
「だねー」
自分の席に戻ろうとする度に、そこ俺の席だからって人をどかさなければならない。なぜ、そんなストレスを休憩時間ごとに味合わなければならないのか。何の拷問なんだろうか。
「やっぱ画鋲か」
「いやいや、真司、一学期早々指導室行きだから、やめとけやめとけ。それに『痛っ』とか言いながらも乗っけ続けてくるヤツとかいそうだし」
「…………」
少し想像したが、俺は秀一のその言葉を笑い飛ばすことができなかった。この伊佐凪ブームであれば尻に画鋲くらい刺さっても話したいってヤツが出てもおかしくないと思えてしまった。
「伊佐凪こえぇよ。あいつ何なんだよ」
「学校一の美少女で、めっちゃ良いとこのお嬢様で、コミュ力マックスのカーストトップの姫だな」
コミュ力マックスね……。昨日のやり取りをした感じだととてもマックスには思えないけども。
「どした?」
「いや、なんでもない」
「そかそか、でさー」
それからは伊佐凪の話ではなく、このクラスにはどんなヤツがいてーってことを秀一が教えてくれる。こいつのこういう情報のおかげで、俺は和を乱さず、平穏にクラス生活を送れるから感謝だ。
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