第05話 拾ってきた子犬
「わ、私ですっ! お、お腹が空いて、お腹が鳴っちゃいました!」
そして意を決したように突然のカミングアウト。何がしたいんだ?
「……で?」
「うぅ、い、いえ、その堂々とする練習と思いまして、恥ずかしいけど正直に言ってみました……」
「あ、うん。じゃあご飯食べに帰ったら?」
「い、イヤです! 我慢します!」
なんか急に目や言葉に力が乗ってきたが、言っていることは小学生のような内容だ。
「ハァ……。
俺はつい先ほど貰った引っ越し祝い。中身をチラっと見たが、なんか高級そうなタオルセットだったので、お返ししなきゃいけないなと思っていたからこれでチャラになるならそれがいいと思い、そう提案する。
「食べたい、です」
「じゃあちょっと待ってろ」
そう言って立ち上がり、キッチンへと向かう。ウチの間取りは1LDKと呼ぶのか、リビング、ダイニング、キッチンが繋がってて、そこそこ広い。しかもカウンターキッチンだ。壁と向かい合って料理するのがあまり好きではないので、これは素晴らしい。
「あの、手伝いましょうかっ」
「結構だ。座っててくれ」
「あぅ、はい……」
腰を浮かせた伊佐凪がペタンと座り直す。野菜の皮をむいてから、切って──。
「なに」
「いえ、その手際が良くて、すごいな、って」
「一人暮らし長いから」
「そうなんだ。見てて良いです?」
「……どうぞ」
断る理由も別にないので、好きにさせる。だがウキウキな笑顔で、ずっと眺められながら料理をするのは決して楽しくはなかった。
「ほれ。完成だ。味の保証はできない」
俺は出来上がった肉じゃがとご飯、味噌汁を持ってテーブルへと運ぶ。
「わぁ、美味しそう。えへへ~」
よほどお腹が空いていたのか、ご飯を目の前にして顔がほころぶ伊佐凪。
(拾ってきた子犬にご飯をやる気分だな)
今の伊佐凪に尻尾があったらブンブン振ってるように思えた。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせてから、ご飯を食べ始める。
「ふわぁ~。美味しい。美味しすぎるよ霧山くん」
「おう、良かった」
俺は作り慣れているし、味見しながらだから感動なんてものはない。自分で食べても美味いとは思うけど。
「霧山くん、良いお母さんになれるよぉ」
「絶対なりたくないね。バカ言ってないでとっとと食べてくれ」
「うんっ」
それから暫く無言で食事に集中する。目の前の伊佐凪を見ると、モグモグと本当に美味しそうに味わいながら食べている。
「……?」
目が合った。
「リスかハムスターみたいだなって」
「!? …………」
伊佐凪は一瞬、目を見開き、今、言われたことをどう咀嚼したものか考えたのだろう。結局何も言わずにモグモグし続けて、飲み込んだ時には笑顔になっていた。
「ハァ……。なんで俺は今日会ったばかりのクラスメイトに餌付けをしているんだ」
なんかドッと疲れが押し寄せてきて、つい愚痴ってしまう。
「ごめんね?」
「今日だけの我慢、今日だけの我慢、今日だけの我慢」
「あの、ホントごめんなさい」
そんな感じで食事は進み──。
「「ご馳走様でした」」
「はいっ、洗い物します!」
「うん、断る」
「霧山くん、お願いします……。私、このままじゃ本当にご飯だけ恵んでもらったダメダメな子になっちゃう」
「あぁ、そのダメダメっぷりを噛み締めて、罪悪感へと昇華させ、そしてこんなバカなことを二度としないよう反省するんだ」
「うぅ、霧山くんがイジワルだ……」
意地悪? バカ言え、めちゃくちゃ優しくしてやっとるちゅーに。
「いや、つーか帰れ。あぶねー。自然と洗い物を先に済ませようと思ってしまったが、その前に伊佐凪を追い出す方が先決じゃねぇか。というわけで食うもん食ったし、聞きたいこと聞いたしで、満足だろ」
「……ラインの交換」
「伊佐凪、お前ってホントすごいな。その空気の読めなさでどうして学校で人気者になれるんだ?」
と言いながら、自分のことを振り返ってみたら、クラスでの人気など皆無で、むしろ友人と呼べる人間が一人しかいないので、そんなことを言える立場ではないことに気付いてしまう。
「ですよね……。ごめんなさい、本当に色々と図々しく」
「あぁ、そうだな」
「肯定されちゃうのもツライんだけど、でも本当にごめんなさい。今日はお話しからお食事から何から何までお世話になりました。ありがとうございます」
立ち上がり、スッと頭を下げる伊佐凪。流石お嬢様というわけではないが、その所作は美しいと思った。
「あぁ、いいよ。犬に噛まれたとでも思っておく。じゃ、明日からは他人ってことでよろしく」
「……の、のー!!」
「てめぇっ」
「キャー、霧山くんが怒ったー! じゃあお邪魔しました! また、明日学校で! おやすみなさいっ!」
いそいそと出ていく伊佐凪。ドアはゆっくり閉めたあたり、育ちの良さが出ているようだ。そして静かになった部屋で、俺は深いため息をつくと──。
「……洗い物すっか」
そう、独り言を口にして、キッチンへ二人分の食器を運ぶのであった。
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