第12話 ものすごく失礼なこと言うねキミ

「俺はなんで、あんなことを……」


 部屋に戻って一人になると、なんとも言えない後悔が押し寄せてきた。


「ピアノを見たせいか。聴いたせいか? なんで、俺はあんなことを提案したんだ……」


 その場でデータとして残しておいた去年の定期テストや、模試の結果をラインを通じて、転送してしまった。


「はぁーーーー。俺のバカバカバカバカ」


 そしてスマホに早速、通知が来る。


『霧山くん、今日はありがとう。お父さんたちに霧山くんの成績見せたらOKだって。これからよろしくお願いしますっ。早速今週の土曜日からでいいかな?』


 そのあとに可愛らしい犬のスタンプが送られてくる。


「はぁ、もういいや。伊佐凪のことは、人の形をした犬だと思うことにしよう。うん、そうだ、そうしよう」


 俺はそんなことを思いながら、ラインを開き──。


『今週土曜からな、了解。よろしく』


 と、短く返して、寝ることとした。


 で、土曜日はやってくるわけで、お昼過ぎから俺は伊佐凪の部屋を訪れていた。


「じゃあ今日からよろしくお願いします。霧山先生っ」


「俺は伊佐凪からピアノを教えてもらう時は、先生って呼ばなきゃいけないのか?」


 冷たい目で見つめると、伊佐凪はサッと目を逸らした。


「……さぁ、霧山くん。しよっか」


「あいよ。で、どれからする? 数学? 化学? 物理?」


「じゃあ数学からで」


「ん。じゃあ問題集見せて」


「はい」


 期末テストに照準を合わすのだから、俺が普段からやっている定期テスト対策でいいわけだ。なぜなら俺はこれをやっていて、一番を取り続けているわけだから。


「ん、難問だと、こういう問題とかの、この部分をイジってきたりするかな。解いてみて」


 学年二番ということは、当然基礎力はあるわけで、ミスを誘ったり、多角的に捉えないと解けないような難問に絞って教える。


「うーん。これがこうで、こうかな?」


 解き方をチェックする。真剣に問題に取り組む姿はいつものふざけた伊佐凪と違って、ほんの少し、美少女さが出ている。


「どう? 合ってる?」


「ん、あぁ、合ってる。流石だな」


「えへへ。やった」


「いや、一問解けたくらいで喜ぶのは早いぞ。ほれ、数学の加藤が出しそうな問題作ってやるから、どんどん解いてけ」


「はーいっ」


 時折、ミスを指摘し、解法のアドバイスをしながら進めた。その後も化学や物理の勉強を教えた感想としては──。


(まぁ普通にめちゃくちゃ頭良いな。教えるの楽で助かる)


 理数系が苦手と言っても全然そんな感じもない。


「俺、必要か? これ」


「必要ですっ!」


 つい、そんなことを言ったら、伊佐凪に言い切られた。


「ま、期末テスト俺に勝てたら俺はお役御免だし、逆に俺に負けたらこっから退去だし、どちらにしてもあと一ヶ月ちょいの関係だな」


「ねぇ、霧山くん? どうして、霧山くんってそんなひねくれちゃったのかな?」


「……ひねくれてないし」


 嘘。ちょっとというか、大分ひねくれている自覚はある。


「さて、じゃあ休憩したら、ピアノしよっか」


「あぁ。頼む」


「霧山くんってクッキー食べれる?」


「ん。まぁ甘すぎなければ」


「うん、大丈夫だと思う。ちょっと待っててね。コーヒーも淹れるね」


 それから出てきたのは、コーヒーと手作りっぽいクッキーだ。


「これ、伊佐凪が?」


「う、うん。もしかして霧山くんって、手作りのお菓子とかって、口にしちゃいけないとか徹底されている人だったり?」


「いや、しないよ。別に食う」


「ほっ。良かった。はい、じゃあどうぞ」


「ん。いただきます」


 一つ掴み、パクリ。


「ど、どうでしょうか」


「ん。まぁ、普通に美味いかな」


「良かったぁ。うんうん、もっと食べてね」


「……毒とか入ってないよな?」


「え、入れるわけないけど、え、なんで?」


 普通に引かれた。


「いや、だってなんか勧め方があれだし、俺結構ひどい対応しているしな」


「ひどいっ!? 霧山くん、自覚あるのっ!?」


 ものすごく驚いた顔で、ものすごく失礼なことを言ってくる。


「ものすごく失礼なこと言うね、キミ」


「あ、ごめんなさいっ。つい」


 まぁそう言われても仕方ないくらい徹底してたからいいんだけども。


「ま、クッキーに罪はない」


 そう言って俺はクッキーをいくつか食べ続けるのであった。


「うし、ご馳走様」


「食器は私が洗うからねっ」


「? あぁ、そうしてくれ」


「むぅーーーー」


 なぜ怒る。洗い物してくれと言われたらするが、普通にクラスメイトの男子にキッチンに立たれるのはイヤだろう。


「じゃあ霧山くんは座って待ってて下さいっ。なんならピアノを触っててもいいけど」


「ん? そうか。じゃあ遠慮なく」


 俺はカタリと電子ピアノの蓋を開け、電源を入れる。


 ドー。


「ふむ」


 レー、ミー。


「ふむふむ」

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