第03話 まちぶせ

「霧山先生、いつも本当にありがとうございます。これ、駅前に新しく出来たケーキ屋さんのケーキです。お口に合うか分かりませんけど」


「あ、お母さんいつもありがとうございます。頂戴いたします」


「うわー、どっちもめっちゃ美味しそう!」


 俺の家庭教師バイト先。時間を見れば、19時半。家に上がってから二時間ほどが経った。目の前に座る少女は活発で明るく、ポニーテールが良く似合う教え子、関口茜。彼女はモンブランとチョコケーキを前に、目がハートになっていた。


「ねぇ、センセ。どっちも食べてみたいから半分こにしよ?」


「ハハ、なんなら両方食べてもいいよ?」


「茜、はしたないこと言うんじゃありません。もう、先生、あんまり甘やかさないで下さい~。ほんと、先生が茜と一つしか違わないなんて思えない。茜も先生のようにもう少し落ち着いて、大人になって欲しいんですけど……」


 やれやれと茜の母がため息をつく。俺はそれに愛想笑いを浮かべ──。


「ハハ、いえいえ茜ちゃんもしっかりしていますよ。ね」


「そうだよ、ママ! 私だってもう高校生だから大人だもん」


 俺と同じ高校のブレザーを着て、胸を張る姿は、まぁあまり言ってやらないでおこう。


「ほんと、先生と同じ高校に入学できて、感謝しているんです。ほら、茜っ」


「分かってるよー。セーンセ、ありがとっ♪」


「はは、どういたしまして」


 何度目か分からない、感謝の言葉を聞き、ケーキを一口ずつ頂いたところで切り上げる。


「では、失礼します」


「センセ、またねー」


 自転車にまたがり、帰り道の小さなスーパーに寄る。


(今日は肉じゃがにして、明日はカレーにして、明後日はカレーうどんにするか)


「ありがとうございましたー」


「ふふふーん♪」


 上機嫌で鼻歌交じりにマンションまで帰る。上機嫌な理由? 野菜が安かったからに決まっている。


「……」


 だが、一気に気分が下がった。


「あのっ、おかえりなさい……」


「えーと、なに」


 俺の部屋の前に伊佐凪が立っていた。というか待ち構えていたという表現が正しい気がする。普通にビビるんだが。


「これ、ご挨拶ですっ」


 バッと紙袋を渡される。


「え、これのために?」


 だとしたら普通に引く。いやだって、近所の挨拶って人の家の前で待ち伏せてまでするもんじゃない筈だし。え、俺の常識が間違っているのか?


「えと、そう……じゃない、です」


 申し訳なさそうな顔で、歯切れが悪くなる伊佐凪。


「じゃあなに」


「えと、霧山くんが言ってたことが気になって……」


 心当たりを考えたが、喋ったこともないクラスメイトからいきなり気持ち悪いと言われたら、気にもするだろう。


「あー、すまん。悪かったよ。もう少し言葉を選べば良かった。でもこれに懲りたら俺に関わらないでくれ」


「いや、違くてっ! 霧山くんの堂々とした在り方がすごいと思って、きっと霧山くんの言う通りなんだなって思って、でも自分じゃ分からなくて……」


 伊佐凪の目からは涙がこぼれていた。


「あれ、その、ごめんなさいっ。泣きたいわけじゃなくて、ごめんなさいっ」


 なんだか感情がゴチャゴチャしているように見える。そしてパニクっていく伊佐凪。


「あの、その、うぇーん、霧山くんどうしよう」


 何やら振り切ってしまったみたいで、幼児退行までしてしまった。むしろ俺がどうしよう、だ。


「ハァ……。入れ」


 こんなマンションの廊下で落ち着くのを待つのも勘弁だし、このまま放っておくのも余計めんどくさくなる気がした。仕方なく自室に招き入れる。

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