第28話 後輩
祈りが通じたのかその日は秀一と佐々木にからかわれたり、追及されることはなかった。日頃の行いは別に良くもないが、天に感謝だ。しかし、その感謝も虚しくのちに予想外のところでめんどくさいことに発展するのであった。
「セーンセッ?」
茜ちゃんの家での家庭教師のバイトは週二回続いている。時給五千円で二時間。受験直前は土日にも四時間ずつ見ていたため、関口家のバイト代はかなりの生命線となっている。
「どうした?」
「……一年の中でも有名なんですけど、センセの学年にめちゃめちゃキレカワな先輩いるの知ってます?」
「その情報だけじゃなんとも」
頭の中には一瞬、伊佐凪がよぎったがあえて口にはしなかった。
「ふーん。センセ今、誰の顔が思い浮かんでるの?」
「……いや、特に?」
俺はそう答えながら、視線は問題集に落としたまま答え合わせを進める。
「ふーん。じゃあ、センセの友達の中にはキレカワな子いる?」
「前も言った通り、俺に女友達はいないよ。いるのは秀一っていうサッカーバカの友人が──」
「へー。じゃあセンセは、友達でもない女子の鞄を持って、一緒に登校するんだ?」
ピタッ。手を止めてしまった。チラリと横目で茜ちゃんを見る。ニコリととびきりの笑顔を見せてくる。
「伊佐凪結衣センパイだよね。学校一の美少女で、優等生でお嬢様。高校に入ってからだけで既に百人の告白を斬り捨てたって噂だよ」
「……クラスメイトってだけだ。通学路で具合悪そうに立ち止まってたから声を掛けて、鞄を持ってやっただけだ。他意はない」
「センセってたまーにおバカさんだよね」
「? どういうことだ?」
今まで茜ちゃんにはポジティブなことは言われてきたが、ネガティブな発言は初めてかも知れない。
「センセはさ、
前半部分に関しては正直よく分からなかった。クラスメイトかどうか念を押してそう聞かれると──。
(……ただのクラスメイトではない、か? 隣人? 家庭教師の生徒? ピアノの先生? 一緒にカラオケを歌って、事故とは言え寝泊りをした相手……。女友達?
「センセ、考えちゃうの?」
「いや、クラスメイトだよ」
「そっか♪ ならいいんだ。変なこと聞いてごめんなさーい。はい、続きしよー?」
茜ちゃんはニコッと笑う。それからは急にいつもの茜ちゃんに切り替わったかのようで、二時間が経つまで雑談が挟まることはなかった。
そんな翌日の昼休みである。
「セーンパイッ♪《・・・・・・・》 遊びに来ちゃった」
クラス中がざわつく。俺は弁当を取り出す手が止まった。
「おい、あれって関口茜じゃね?」
「あれが噂の一年ナンバーワンか。うわっ、顔ちっちゃ、かわゆ」
「えー、めっちゃ可愛いぃ。妹にしたいっ。お姉様って呼ばれたいっ」
入学して三ヶ月。どうやら俺の知らないところで茜ちゃんは有名になっていたようだ。茜ちゃんは堂々とまっすぐ俺の席までやってきた。
「んー? 茜ちゃんって、あの茜ちゃん?」
「そういう先輩は、もしかして秀一先輩ですか?」
俺のバイト先のことは秀一に教えているし、茜ちゃんにも散々俺の友人は秀一しかいないと伝えているから二人ともピンと来たようだ。
それだけなら良かったのだが、不運なことに秀一の隣の席には
「ふんふん。面白そうな匂いがする。私の名は佐々木咲だ。そこの神谷と霧山の友人だ」
「初めまして佐々木先輩っ。1-Cの関口茜です♪ お邪魔します」
「ふむ。可愛い上に礼儀正しいとはな。大歓迎だっ!」
いや、佐々木お前は一体どこから目線の何様だ。
「わーい、ありがとうございます佐々木先輩っ」
そして輪になって話す中、その輪の一部である伊佐凪が今か、今かというタイミングで気を窺いながら声を発した。
「えと、私は──」
「もちろん知ってます! 伊佐凪先輩ですよね? 一目見て分かりました♪ 噂通りめちゃくちゃ綺麗で可愛いですねっ」
茜ちゃんは食い気味に自己紹介をかっさらった。
「あ、いえいえ、そんな全然。でも、ありがとうございます」
ペコリと伊佐凪が頭を下げる。茜ちゃんの方が堂々としているため、どっちが先輩で、どっちが来訪者か分からない。
「ねぇ、セーンパイッ。お昼ごはん一緒に食べていいですか?」
伊佐凪の方に向けていた顔をくるりとこちらに向け、上目遣いで聞いてくる。
「あぁ、もちろんだ。和田の椅子を借りよう。ユイ、今日は私たちも一緒に昼食をとろう」
なぜかその背中越しに佐々木が答えた。俺に聞かれている筈なんだけどな。そして和田の人権は恐らく佐々木の中ではかなり軽視されているだろう。
「わーいっ、ありがとうございます♪」
佐々木に感謝する茜ちゃん。そして佐々木の声が耳に入っていたのか、和田は自ら椅子を茜ちゃんに差し出し、『好きなだけ使ってくれ』とちょっと低い声で言ってた。見てられん。
「えと、じゃあ霧山くん、私も一緒していい?」
伊佐凪は俺の方を見ながら、確認を取ってくる。いいも悪いも……。
「好きにすればいい」
「ッハ。相変わらず霧山は可愛げの一つもないなっ! それで、アカネちゃん? アカネちゃんと呼んでいいかな?」
佐々木に残念なものを見るような目とともにそんな評価を言い渡され、何か言い返そうとする前に佐々木の関心は既に茜ちゃんに移っている。
「はい、もちろんですっ」
「ふむ、ありがとう。では、アカネちゃんは霧山とはどういう関係なのかな?」
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