第27話 いっけなーい、遅刻遅刻
「……寝坊した」
アラームをセットし忘れたのか、あるいは寝ぼけて切ってしまったのかは分からない。一分一秒を無駄にせず今から全速力で支度すれば間に合う可能性がある。こういう時、人はどうするか。
「最善を尽くす、か」
特待生であり続けるためには、こういった日々の素行も大事になってくる。ちなみに高校に入ってから今まで無遅刻、無欠席だ。俺は急いで身支度し、朝食と昼のお弁当は諦めて、家を出る。
「わっ」
「っと」
玄関を出ると、伊佐凪と遭遇した。
「……おはよう、随分と遅い出発時間だな」
「おはようございます。その、二度寝しちゃいまして……」
俺たちはいそいそと早足で歩きながら挨拶を交わす。どうやら状況は同じのようだ。マンションから学校までは歩いて十五分。朝のHRまでの時間は残り十分ほどだ。
「「…………」」
カツカツと二人分の足音だけが聞こえる。学校までの道はほとんど一本道だ。当然、出発地点とゴール地点が一緒なら一緒にもなろう。
「……走っていい?」
別に女子と一緒に登校するのが恥ずかしいというわけではない。万が一にも遅刻をしたくないからだ。
「ですね。分かりました」
ですね? 伊佐凪の顔をチラリと見る。目に力が宿っている。なぜ、俺が走って登校するということを了承するだけでここまでの覚悟が必要になるのかは不明だ。だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「伊佐凪も間に合うといいな。じゃ」
俺は軽く手を上げてそう言うと駆け出した。そして、伊佐凪も駆け出した。
「……?」
「?」
俺はなぜ? と伊佐凪の方を見る。伊佐凪はそんな俺の表情を見て、何か? という表情だ。
「「…………」」
タッタッタという二人分の靴音が鳴る。どうやら俺の『走っていい?』は、伊佐凪の中では『一緒に走ってもらっていい?』という意味に捉えられたようだ。
(……歩いて一緒に登校ならまだしも、遅刻ギリギリで二人で走って登校ってどうなんだ? それって何かめんどくさいことにならないか?)
俺は隣で短い息を吐きながら駆ける伊佐凪をチラリと見て、どうしたものか思案する。
「なんだか遅刻ギリギリで走って一緒に登校って、すごく友達って感じしません?」
どうやら伊佐凪も俺と同じことを考えていたのかと思いきや、ベクトルが全く違う。だが、俺があまりに友人関係の勉強をしてこなかっただけで、男女が遅刻ギリギリで走って登校するのは当たり前なのか?
「……あんまり友達ってものについて詳しくないから何とも言えないな」
伊佐凪に言われて思い返せば、俺の中には友達と登校した記憶らしい記憶はなかった。
「どうしました?」
「……いや、なんでもない。てか伊佐凪、朝は具合悪そうだったけど、大丈夫なのか?」
「フフ……、実は結構限界っ」
俺が声を掛けた途端、糸が切れたかのように立ち止まり、壁に寄り掛かる伊佐凪。
「おい、大丈夫か」
「はい、平気です。あの、遅刻しちゃうんで、先に行っちゃっていいです」
スマホを確認すると残り五分。早足で間に合う距離までは来ている。
「……ッチ」
「ここで舌打ちっ!?」
伊佐凪のツッコミにはまだ元気が残っていた。
「鞄持ってやる」
「えっ……」
「具合の悪いクラスメイトがいたら、鞄を持つくらいは普通だろ。ほれ行くぞ」
有無を言わさず鞄をひったくる。普通にまぁまぁ重い。
「ありがとうございます……」
「歩けるか?」
「歩くくらいなら。あの、鞄持ってもらえるとすごく楽です」
「そうか」
そして、なんとか遅刻ギリギリで教室へと辿り着く。途中で何人かの生徒には俺が伊佐凪の鞄を持って一緒に登校していたのを見られてはいるが、目立ちたくないという気持ちの最後の悪あがきとして教室の扉を開ける前に鞄を渡す。
教室に入ると、こちらを見てくるクラスメイトの目。その目には好奇心の色が浮かんでいるため、睨んでおく。みんな目を逸らした。霧山真司、特技『にらみつける』だ。
そして俺は席に着くと外をボーっと眺め、内心ではどうか秀一と佐々木にからかわれませんようにと静かに祈るのであった。
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