第29話 青春の始まり
メガネをキラリと光らせ、普通なら聞きづらいところをストレートに行く。別に高校ではアルバイトを禁止しているわけではないからバラされても問題ないのだが。
「フフ、センセーと生徒ですっ」
「うんうん、茜ちゃんは真司がバイトで家庭教師している子だね」
それだけでは分からないだろうと秀一が補足する。
「バイト……、家庭教師……」
伊佐凪がブツブツ何か言っている。
「はいっ。センパイのおかげで、この高校に入ることができましたっ♪ すっごく分かりやすくて、優しくて尊敬できるセンパイですっ」
キラキラした目で熱弁してくれる茜ちゃん。
「ふむ。アカネちゃんが可愛い。どうしてくれようか」
佐々木がマジな顔をしてこちらに聞いてくる。知らん。
「てか、真司さっきからあんま喋らないね?」
「元々口数は多くないだろ」
「確かにぃー」
「あぁ、その通りだな」
「センパイはクールでカッコいいですからっ」
三人は口々にそんなことを言う。伊佐凪だけはゴニョゴニョと『そんなことはないですよ、結構喋ってくれます』と小声で言っている。そんな小声になるくらい無理してるなら、別にフォローしてくれなくてもいいのだが。
「ま、何はともあれ食べながらにしようじゃないか」
「そだねー」
佐々木が場を取り仕切り、俺たちは机をくっつけ五人で昼食をとることに。
「アカネちゃんは可愛らしいお弁当だが、お母さんが作ってくれたのか?」
ピンクの小さいお弁当箱にソボロご飯と卵焼き、ミニトマトのサラダ、そしてタコさんウィンナーが入っていた。
「
「ほぅ。それは感心だ」
いや、だから佐々木、お前は一体どんな立ち位置の人間なんだ。
「センパイのは
俺が弁当箱を開けると、それを覗き込んできておかしなことを聞いてくる茜ちゃん。
「? 自分に決まっているだろ」
家庭教師のバイトを始める時、一人暮らしであることは伝えていた筈だ。
「あははー、ですよねっ♪ はい、じゃあセンパイオカズ交換こ」
俺が何を言ってるやらと考えている隙に俺の弁当箱にピンクの弁当箱からタコ星人が移住してきた。
「ワクワク♪」
ワクワクと口にするヤツなど初めて見たが、どうやら交換ということを期待しているらしい。俺からも何か差し出せということだろう。
「ハァ、ほれ」
アスパラのベーコン巻きを一つつまみあげピンクのお弁当箱へ届ける。
「わー、ありがとうございますっ♪」
茜ちゃんは表情が豊かで喜び方や笑顔もちょっとオーバーに見えるくらいだ。
「ふむ。可愛いなっ!!」
佐々木はマジでうるせぇ。
「まさか、真司がお弁当のおかず交換こを女子とする日が来るとはな。長生きはしてみるもんだ」
秀一が涙をぬぐうフリをしてしみじみと呟く。お前も十六歳のクソガキだからな?
「では、霧山。お前のその美味そうなミニハンバーグと、私の母がレンジでチンしたフライドポテトを交換してやろう」
「佐々木、すまんな。そのレートでは応じてやるわけにはいかん」
「なに? フッ、強欲だな。ではポテトは二本出そう」
佐々木は指をピースにして強気に交渉してくる。
「いや、ポテトを何本積まれようが冷食ポテトとハンバーグの天秤は成り立たん」
断固拒否だ。
「えと、じゃあ私が昨日揚げた唐揚げとはどうでしょう」
そこでまさかの伊佐凪が参戦してきた。レートは手ごねミニハンバーグと手仕込み唐揚げだ。であれば取引は成立するだろう。
「あぁ──」
「隙ありぃ!」
「「あ」」
と、交渉成立寸前にまさかの茜ちゃんがハンバーグをかっさらっていった。
「モグモグモグ。ごっくん。……センパイタコさんもう一人いります?」
「いや、大丈夫」
元はと言えば、関口家のお金から出ているので、これくらいはどうってことはない。可愛い後輩のイタズラだと思えば別に怒ることでもない。
「ほれ、泣くな真司。俺のちょっと分けてやるから」
秀一は食べかけの焼きそばパンを少しちぎって弁当に乗せてくれる。普通にいらんし、当然泣いてもいない。
「仕方ない。私もポテトをやろう」
佐々木は半分かじったポテトをそのまま乗っけてこようとした。
「おい、ふざけろ」
「フッ。とっくにふざけているさ」
俺が弁当箱を抱えて逃げると、流石にそれはUターンして佐々木の口の中へ飲み込まれていった。
「えと、どうぞ」
「いや、唐揚げは申し訳ないからいい」
弁当を置いたところで伊佐凪が唐揚げを無償で提供してこようとする。伊佐凪の弁当にはたんぱく源が唐揚げしかない。貴重なたんぱく源を奪うわけにはいかないので固辞する。
「……食べてくれてもいいのに」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないです」
伊佐凪はまたしてもゴニョゴニョモードだ。そこからは他愛のない話しをしながら平和に食事が進んだ。
「ご馳走様でしたっ。すごく楽しかったですっ。また、遊びに来てもいいですか?」
「あぁ、もちろんだ。歓迎するぞ。なぁ霧山?」
「たまにならな」
毎日だと疲れるため、たまにならということで返事をする。
「週四くらいですかね?」
「ほとんどじゃねぇか。却下」
「週三?」
「…………」
俺は難しい顔をする。
「むぅ、週二?」
「毎週は来なくていいからな?」
ここら辺が落としどころだろう。俺は頷いた。
「わーい、センパイたちと週二回ランチぃ♪」
「す、すごいね関口さん」
伊佐凪は喜ぶ茜ちゃんを見て、驚嘆している。
「そうですね、伊佐凪センパイ。我慢してイイ子ちゃんして、大事なものを失うくらいなら私は悪い子でいいですから。って、余計なお節介、お節介。ごめんなさい、気にしないで下さいねっ♪ じゃあ、センパイがた、またお願いしまーす。お邪魔しました♪」
一瞬真顔になり、伊佐凪のそばで小さく何か喋る茜ちゃん。帰る時はいつもの明るく元気な茜ちゃんだった。一体、伊佐凪に何を言ったのか。
「ふむっ」
茜ちゃんが去っていった扉の方を何気なく見てたら佐々木に肩を組まれる。
「霧山。お前の青春が始まったな」
「……うぜぇ」
俺は佐々木のニヤけた顔を睨みつけ、窓の外へと視線を移すのであった。
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