第30話 本気

◇◆関口茜視点◆◇


 私はセンセ──霧山センパイのことが好きだ。中三の頃からずっと勉強を見てもらっていて、一個しか違わないとは思えないほど大人びていて、いつも余裕があって、優しくて、実は結構お茶目で面白い冗談も言ってきたりして。


 とにかく憧れから好きに変わるまで時間は掛からなかった。


 センパイは見た目もイケてるし、こんなにも大人っぽいのだからモテるだろうし、カノジョがいて当たり前だと思っていた。でも、聞いてみたらカノジョどころか女友達もいないって言っていた。


 これは女の勘でしかないけどそれは本当だと思った。センパイはすごく正直で取り繕うようなことはほとんどない気がする。女にモテるために必死に外面を磨こうとしている同級生たちとは大違いだ。


 私は元々あまり成績が良くなかった。高校だって偏差値50のところに行ければ御の字だ。幸い家庭が裕福だったため、家庭教師という手段を使うことができた。最初は親がどうしてもと言うからだったが、センパイと同じ高校に行きたいと思ってからは本気になった。


 合格発表の日、センパイがお祝いにケーキを買ってきてくれた。本当に泣くほど嬉しかった。自分の人生で一番自慢できることになった。


 高校に入ってからセンパイとどうやったら仲良くなれるか考えていた。まずは少しでも大人っぽくならなきゃと自分磨きをしていた。


 私は油断していたんだと思う。高校生活の一年間で一人も女友達を作らなかったセンパイが、カノジョなんて作るわけないって。


 それは朝のHRが始まる前、何気なく窓の外を見ていたら私の好きな人がいた。メガネを外して、わざと長い前髪を下ろしている。センパイが髪を上げてメガネを掛けた時に三倍イケメンになることを知ってるのは私だけだとちょっとした優越感にひたりながら。


 でもそんな私の心はすぐに凍った。


 隣を歩いていたのは伊佐凪先輩だ。学校一の美少女。何度か校内で見たことがあるが、本当に綺麗で、同じ人間とは思えないくらい。雰囲気も落ち着いていてこんな女性になりたいと密かに憧れていた先輩だ。


 そんな伊佐凪先輩がセンパイと一緒に歩いている。そしてセンパイの肩には鞄が二つ。一緒に歩いている雰囲気を見て、私の頭の中で危険信号が鳴った。


 恋人という距離感ではない。センパイはいつも通りだ。でも、伊佐凪先輩からはどんな意識か分からないが、センパイに何かが向いているのを感じた。私はこれを勘違いだと思えなかった。


 だから、私は意を決してセンパイのクラスに乗り込んだ。死ぬほど緊張して、何度も自分にガンバレと応援しながら扉に手を掛けた。センパイと初めて呼んだ時、声が震えていないか、上手く笑えているか心配だった。


 そして視線の先、センパイの横の席には伊佐凪先輩がいた。そうかこの何か月がずっと隣だったのか。私の心がチクリと痛む。


 でも私は本気だ。引くわけにはいかない。つかつかとセンパイの席まで向かう。


 一緒に昼食をとろうと言うと、佐々木先輩という人がなぜか私のアシストをしてくれた。その目の奥は深く澄んでいて何を考えているか分からない。でも、アシストしてくれるなら乗っかる。鬼が出ようが蛇が出ようが、突き進んだ先にしか本物はないと思うから。


 お弁当を開け、昨日からずっと考えていたオカズ交換のことを口にしようとする。だが、その前に聞かなければならない。センパイのお弁当はまさか伊佐凪先輩が作ったものじゃないよね、と。


 センパイは自分で作ったものだと言った。それ以外ありえないとばかりに。伊佐凪先輩の反応もおかしなところは見られなかった。良かった。まだ、そこまでの関係じゃない。私は、お弁当なんか作ったことなかったけど、自分が作れる範囲でのお弁当の中で可愛くできたタコさんウィンナーを無理やり差し出す。


 センパイはちょっと困った顔になりながらもアスパラのベーコン巻きをくれた。めっちゃ嬉しい。


 それから自然とみんなでオカズ交換の流れになって、センパイのハンバーグと伊佐凪先輩の唐揚げが交換される流れになった。伊佐凪先輩の手作り唐揚げ。交換させちゃいけないと思ってしまった。


 私はヒョイと先にセンパイのハンバーグを掴み、食べてしまう。これはかなり自己嫌悪した。自分ってズルいなって。


 でも、こんなパーフェクトな伊佐凪先輩を相手にするとしたら、正々堂々、正攻法だけで勝てるわけがない。私は負けたくない。


 そして、センパイに近付くチャンスと伊佐凪先輩を牽制するためにもたまにお昼に来てもいいか聞いてみた。心臓がずっと痛いし、胃のあたりも痛い。


 そんな私を見て、何を思ったのか伊佐凪先輩は驚いたような、感心するようなことを言う。私はそれを聞いて少しムッとしてしまった。伊佐凪先輩がセンパイのことを好きなのかは分からない。でも、もし好きだとしたら、私のことなどライバルとも思っていない感じだ。


 私は最後に伊佐凪先輩に嫌味をブレンドしたお節介なアドバイスをする。それはある種、自分への免罪符。これからもセンパイのためならいくらでも悪い子になりますからという宣言。


 これが私の本気だ。

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