第25話 タコパで恋バナ

 随分と精神的に疲弊させられた買い物を終え、マンションへと戻ってくる。


「「「ただいまー」」」


 ガチャリと扉を開いて、ただいまと言ったのは俺だけじゃなかった。


「おじゃ、えっ、ただ、いま?」


 秀一と佐々木が家主より堂々と帰宅の挨拶をしたため伊佐凪が動揺する。民主制とは恐ろしいな。伊佐凪がお邪魔しますと言って上がるのは正しい筈なのに、数の暴力により、おかしな方向に捻じ曲げられてしまった。哀れ。


「よーし。早速タコパだっ、いぇーい」


「「いぇーい」」


「…………」


 俺以外の三人は楽しそうで何よりだ。俺は黙ってタコ焼きの準備を始める。


「おーい、真司、もっとデカイボウルない?」


「ねぇよ」


「おーい、霧山、サラダ油なくなったぞ」


「予備がシンクの下に……。あれ、ねぇな」


「あ、私ボウルと油持ってこようか?」


 お隣さんバレした伊佐凪がおずおずとそんな提案をする。


「「あぁ、頼んだ」」


「はーい」


 佐々木と秀一はいい笑顔で伊佐凪を見送った。


「…………」


 伊佐凪が家を出てから数十秒。ガチャリとドアが開く。


「はい、持ってきましたっ」


「ホントに隣なんだな」


 佐々木が魔法でも見たかのような目で伊佐凪の手元を凝視する。


「タコパ、タコパ、タコパ~♪」


 秀一は呑気に歌っている。俺はそれを横目に無言でタコやら何やらを刻み続けた。そして全ての準備が整った。


「よーし、焼くぞぉぉお。タコ針を寄越せぇ」


(タコバリ?)


 なんだそりゃと思っていたら伊佐凪が──。


「はいっ」


 ピックを二本佐々木に渡す。なるほどね。


「油かた、始めっ」


「へいっ」


 佐々木の号令で秀一が丸ハケで油を塗っていく。


「行くぞぉぉ、生地投入ぅぅ」


「あぁ」


 で、俺がオタマで生地を流し込んでいく。


 グツグツ。


「具材部隊突撃っ」


「はいっ」


「へいっ」


「あぁ」


 刻んでバットに綺麗に並べられたタコやらキムチやらチーズやらを入れていく。


「とぁぁあああっ」


 佐々木のメガネがキラリと光る。そして両手に持ったピックでタコ焼きをくるんくるんと返していく。


「「おぉ~」」


 秀一と伊佐凪は感嘆の声を上げ、拍手している。別にそこまでか? と思ってしまうあたり、俺が捻くれているのだろう。


「よしっ、皆の者熱い内に食えっ」


「おうっ」「はいっ」


「乾杯しないのか?」


 目の前のタコ焼きに夢中になっている三人に待ったを掛ける。というか、別にどっちでもいいことだったのになぜ俺が……。


「忘れてたっ!! すまんユイっ!! えー、辛酸を舐め続けて一年と二ヶ月っ、よくぞ霧山に並び立ったっ! 今日は辛酸ではなく、オタフクソースとマヨネーズを舐めようじゃないかっ。乾杯っ」


「「かんぱーい!」」


「なんだ、そのふざけた挨拶は……、まぁいい、乾杯」


 ウーロン茶を飲み、タコ焼きを食べる。ふむ。美味い。初めて家で作ったタコ焼きは普通に美味かった。暫く俺たちはタコ焼きを食べ続けた。


「で、だ。盛り上がってきたところで恋バナ……しちゃうかっ」


「いぇーいっ」


 タコ焼きをたらふく食べ、盛り上がるどころか、まったりしてきたところで佐々木が余計なことを言い始める。秀一もノリノリである。


「はい、じゃあ今彼氏、彼女がいる人―」


 佐々木の質問に対して手を上げたヤツはいなかった。


「うっわ。私含めて、こんだけ美男美女が揃って恋人の一人もいないとか終わってんな」


 別に俺は自分のことをイケメンだと思っていないが、佐々木はさりげなく自分も美女に含めたようだ。そして自分のことを棚に上げて俺たちを罵ってくる。


「佐々木だっていないだろ?」


「いない」


「なんでいないのに、強気になれるんだよ」


「ハハハハッ。今はな?・・・・じゃあ、今まで付き合ったことがある人ぉ~。はーいっ、はいっ、はーーーいっ」


「うるさっ」


 どうやらこれがやりたかったらしい。佐々木は俺に向かってツバを飛ばしながら何度も手を上げてきた。普通にウザい。


「あれれ~? キミたちはまだ恋も知らないベイビーちゃんなのかなぁ?」


「まぁ、佐々木さんも別れたってことは、失敗してるってことだけどねー」


 秀一がチクリと返す。いいぞ、秀一もっと言ってやれ。


「神谷、良いことを教えてやろう。女はな、恋した数だけ綺麗になっていくんだぜ?」


「はぅ、サキちゃんカッコイイ……」


「だべぇ? ナハハハ」


 伊佐凪は佐々木に尊敬の眼差しを向けている。佐々木はめちゃくちゃ調子に乗っている。


「はい、じゃあ霧山。異性の好みのタイプ」


 そして唐突に指名され、無茶振り。


「好みはないな」


「え、お前やっぱりホモなのか? 神谷とデキてるのか?」


「よし、佐々木。お前もうタコ焼き十分に食ったよな? 帰りの支度をしろ」


「ナハハハハ、冗談だよ、冗談」


 そんなバンバン叩くなよ、強いんだよ、痛ぇ。


「はい、じゃあ神谷」


「栄養が管理が出来て、ストレッチやボディケアが出来て、英語が喋れてボール蹴れる子かな」


「はい、つまらんー」


「えっ、ひでぇ……。真剣に考えたのに」


 秀一の好みはいわゆるプロのサッカー選手の奥さんこんなだといいなっていう回答だ。確かに高校生の恋バナで出してくる答えではないだろう。それくらいは俺にも分かる。


「じゃあ、先に私が言おう」


「お前すごいな。聞かれてもないのに自分から答えるとか」


「はぁ? 私の好みのタイプとか気になるだろ?」


「いや、マジで神に誓って一ミリも気にならん」


「おい、霧山。タコ針で刺していいか?」


 両手にピック。目がマジだ。


「……一マイクロくらい気になってきた」


「そうだろ? 結末は決まっているんだから、最初からそうしておけば、余計な血は流れないんで済む。いい勉強になったな?」


 こいつ何なん? 発言の全てが女子高生ではないのだが。


「でぇ、私の好みはズバリ……お兄ちゃんっ」


「「「え」」」


 突然のブラコン発言に俺たちは固まった。


「いや、ちげーよ。私は一人っ子だ。お兄ちゃん、つまり年上で包容力があって、知的で優しく、いつも妹のことを最優先で考えてくれるそんな人を私はお兄ちゃんと呼ぶだけだ」


「アハハハ、俺、佐々木さんが妹だったらそうなれないかも」


 おい、秀一どうした。血を流したいのか?


「ッフ。神谷、それはお前がまだまだお兄ちゃん力が低く、そしてまだ私の妹力に気付いていないからだよ」


 しかし佐々木は無敵だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る