第24話 真実はいつも一つ

「うわっ、てめっ、霧山。うわーん、霧山のツバが掛かったぁ」


「……そこは純粋にすまん」


「まぁ、いい。良くはないけど、まぁいい」


 ゴシゴシと唾が掛かったところをハンドタオルで拭きながら、佐々木が睨んでくる。


「で、どうなんだ?」


「あり得ないな。俺と伊佐凪は親戚でもなんでもないし、まして恋人でもない。同棲するような事情は何一つないからな」


 いつものペースを取り戻し、佐々木に対して堂々と反論をする。


「ふむ、ま、そうだろうな。これはあくまでそうだったら面白いというだけだ。本命はこっち。同じマンションか?」


 佐々木は本気で同棲しているとは思っていなかったようだ。そして本命、ここからが慎重に答えなければいけない場面。顎に指をかけ、ニヤリと笑う佐々木のメガネがキラリと光ったように見えた。


「……いや、知らん。あいつがどこに住んでるかなんて知らないからな。それに伊佐凪はお嬢様だろ? 実家暮らしなんじゃないのか?」


「いや、私は二年になってから、ユイは一人暮らしを始めたと睨んでいる」


「? なぜだ」


「まず、一年の頃は毎日弁当だった。母親かお手伝いさんかは分からないが、かなり手の込んだ豪勢な弁当だ。それが二年からは学食を使うようになった。たまに弁当は持ってきても、それはまるで女子高生・・・・が作ったような弁当だ」


 こいつ何なん? 普通に怖いんだが。友達の弁当事情まで観察するものか?


「ふーん、まぁ仮に一人暮らしをしていたとして、同じマンションなんて偶然はないだろ。普通に考えて」


 俺は無理に否定はせず、そうであってもそんな偶然が起こるわけないとシラを切る。


「あぁ、確率は低いだろうな。だがあり得ない・・・・・ことではない・・・・・・。これまでにユイがポカをし続けた情報を合わせるに、ごく近い距離。そうだな、一番可能性を感じているのは、お隣さん・・・・だ」


「ヒュ~」


 秀一が口笛を吹く。余計なことすんな。


「エントランスから見て、手前の隣は鈴木とかいう大学生っぽい男の一人暮らし。奥の部屋は空き部屋だ。残念だったな。俺は伊佐凪がどこに住んでるかなど知らん・・・。なんなら伊佐凪にでも聞いてみればいいんじゃないか? どこに住んでるんですか? 一人暮らしなんですか? 霧山と同じマンションなんですかってな」


「……聞いていいんだな?」


「あぁ、聞けばいいさ」


 俺ができるのはここまでだ。伊佐凪の可能性に賭けた。あいつは常識と良識は持ち合わせている。隣同士であることが広まって欲しくないことを知っているのだから、頑張りに期待したい。まぁ佐々木も別に好奇心でちょっかいを出してきているだけだろうから、俺と伊佐凪がハッキリと違うと言い続ければ諦めるだろう。


「はい、取ってきました。これでいいかな……って三人ともどうしたの?」


 俺たちから出ている緊張感を感じ取ったのだろう、戻ってきた伊佐凪の顔が引きつる。いや、約一名サッカー部のエースは終始楽しそうだ。


「あぁ、ユイ。いやな? 霧山から聞いたぞ?・・・・・・・・・ お前、マンションお隣さんだってな?」


 あ、これダメだ。その聞き方は俺の予想の中になかった。俺は目を覆い、次に続く死刑宣告を待つ。


「えっ。霧山くん・・・・言っちゃったのっ!?・・・・・・・・・


 伊佐凪の驚いた顔。そしてこれ以上ない佐々木のドヤ顔。


「ふむ。霧山、良かったな。ユイがどこに住んでいるか知れたな?・・・・・


 佐々木がポンポンと肩を叩いてくる。俯いてため息を吐く俺。


「え、えっ、えぇ?」


 混乱する伊佐凪。終始ニッコリ秀一。


「さぁ、買い物の続きをしようじゃないか」


 佐々木は既に背を向けて歩き出している。その自信満々な背中が今は憎い。


「おー」


「お、おー」


「…………」


 秀一と伊佐凪も後に続き、俺も無言でカラカラとカートを押す。スーパーで買い物している最中はなんとなく複雑な心境で心ここにあらずであった。

 

「……ま、良く考えたら別にお隣さんでも何も問題ないよな。二駅離れていようが、隣だろうが、別の部屋に住んでるわけだし、そもそも俺が先に住んでたところに来たのは伊佐凪だし」


 スーパーからの帰り道、俺は誰に対してでもなく、そんなことを呟く。


「二駅離れていたら起こりえない、お隣さんだからこそのイベントはなかったのか?」


 佐々木からそう言われ、黙り込む。


「もう、この話しはやめよう。佐々木、俺の負けだ。このことは忘れてくれ」


「あぁ、いいとも。そう、最初から素直に吐いて、素直にお願いしていればいいだけの話しだからな。四人でタコパするのに、私だけお隣さんであることを知らないのけ者は可哀そうだろ?」


「アハハハ、真司がここまでボコボコにされるなんて、珍しいというか初めて見たかも。佐々木さんすごいね」


「ッフ。勉強じゃ勝てないから、せめてこれくらいは、な」


「うぅー、霧山くん、ごめんね」


 伊佐凪は悪くない。ただ佐々木の方が一枚、いや何枚かウワテだっただけだ。


「おい、佐々木。ちなみになんで隣と分かった。当てずっぽうか?」


「そうだな、まぁ今日までの情報でかなり近くに住んでいることは分かっていた。同じマンションの可能性が高いと感じたのは、ノースリーブの肩が汗もかいておらず冷えていること、日傘もないのに、な」


「あぅ……」


 伊佐凪が自分のポカだと俯く。


「ふむ……。でもそれだけじゃ隣だとは思わないだろ」


「あぁ。表札だよ」


「表札? 伊佐凪のは外した筈だが」


「あぁ、そうだ。スーパーに向かう前、奥隣の表札がないことに気付いた。これは恐らく霧山の策だろ? さっきも隣は空き部屋だと言ってたからな。だが隣の可能性を疑っていた私は、目をこらしていた。そして気付いてしまった、あれれぇ、おかしいぞぉ、とな。表札の枠の周りにはホコリや汚れが付いているのに、表札が抜き取られた部分だけは綺麗だった。まるで、昨日、今日外したかのようにな。であれば、この状況と照らし合わせるに十分辻褄が合う」


 スチャとメガネを上げて、佐々木が推理を披露する。


「サ、サキちゃんすごいですっ。名探偵みたい……」


 確かに表札のプレートを抜いたのは俺だ。まさか、それが裏目に出るなんて。


「あぁ、ちなみに私だったら、別の名前のプレートを用意して差しておくな」


「そんなことまでするか」


 俺は別に名探偵を相手に勝負をするつもりではなかった。クラスメイトを今日一日誤魔化せればいいと思っていただけ。相手が悪かったと思うほかない。

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