第10話 画鋲を刺したいお年頃

「でも、すごい偶然じゃね? 家でも隣、学校でも隣って」


「うん、なんかビックリしちゃった」


「学校での隣は偶然じゃないけどな」


 そんな何度も偶然が重なってると思われては困ると思ってそんなことを言ったが、これは墓穴を掘るだけだった。


「まぁ、そうだな、必然ってやつか」


「え? そうなの?」


「おい、秀一ややこしくするな」


「でも、俺と席交換した結果だからなー」


「あぅ」


 伊佐凪が恥ずかしそうに俯く。


「おい、そこだけを切り取るな。誤解される。伊佐凪違うぞ。お前の隣になりたいからって交換したわけじゃ、あーーーもぅ、めんどくせぇ」


 こんなことをわざわざ弁明しているのが、めんどくさくなってしまった。もういい。何とでも言え。


「でね、真司ったら伊佐凪さんに近づこうとする連中の尻に画鋲を刺したいって言いだしちゃってさー」


「え、画鋲っ」


「俺は今、秀一のデコに画鋲を刺したい。それだけだ」


「な? 真司ってば、画鋲を刺したいお年頃なんだよ」


「そう、なんだ……」


 なんだ、画鋲刺したいお年頃って。そんな年頃があってたまるか。


「あと、いいからお前ら早く食って、早く帰れ」


「はっ、折角温めてもらったのに、んぐんぐ。うめぇ」


「うん、ホント霧山くんのご飯美味しい」


「俺のおかんだからな?」


「うぅ、羨ましい……」


 誰が秀一のおかんだ。


「「ご馳走様でした」」


「ほい、お粗末様」


「んじゃ、俺洗い物やるわー」


「あぁ、頼む」


「えっ!? 神谷くん、洗い物させてもらえてるのっ!?」


「ははーん。そうだよ。俺は真司からキッチンに立ち入ることを許可され、洗い物を任されているのだよ、恐れ入ったかっ」


 恐れ入るわけがないだろ、バカ。


「うん、恐れ入りました。すごい」


 と思ったら、もっとアホがいた。


「霧山くんっ……」


「ダメだ」


「えぅっ……。まだ何も言ってないのに」


 いや、何を言い出すかくらい分かる。秀一は友達。伊佐凪はせいぜいクラスメイトだ。


「ま、真司は頑固オヤジだからねぇ。気長にやっていくしかないさ。食器を運ぶくらいはいいだろ?」


「…………」


 こういうところだ。秀一の距離感というか空気感の絶妙さ。自分で言うのもなんだが、かなりめんどくさい俺に合わせたことを言ってくれる。


「良いってさ。じゃあ、伊佐凪さん食器運んできてー」


「はいっ」


 たかが食器を運ぶのに、どんな意気込みだよっていう意気込みで食器を運びはじめる伊佐凪。


「霧山くん、運び終わりましたっ」


「え、あぁ、ありがとう?」


「はい、えへへ」


 俺はメガネをおでこの方にズラシて、目をゴシゴシと擦る。なんかまた尻尾をブンブンと振っているように見えた。これは俺の勘違いでなければ、なんか懐かれている? いや、おかしいだろ。


「よーし、食後のコーヒーを淹れるっ。伊佐凪さん、運んでくれる?」


「はいっ」


「いや、君ら何時までいるのよ……」


 結局、このあと一時間くらいダベって、嵐が過ぎ去ったのを見計らって、秀一と伊佐凪は帰った。


「いや、ほんと嵐みたいな一日だったな……」


 静かになった部屋で俺はそう呟いたのであった。



 それから一ヶ月ちょっとが過ぎた。まず良い変化があった。伊佐凪の周りの人が落ち着いた。今は、仲の良い女子グループが形成されたせいか、固定メンツが集まるようになり、俺の机に尻が乗ることがなくなった。


 そして、あの嵐以降、伊佐凪はウチに来ることはなくなった。結構なペースで突撃されたらどうしようかと悩んでいたが、そこらへんの常識は持ち合わせてくれているようで安心だ。


 次に良いか悪いか分からないが、クラスにカップルがチラホラできていた。休み時間や放課後に甘酸っぱい空気を出されると少し胸やけするが、まぁ青春を謳歌する権利は誰にだってあるのだから仕方がない。そんな青春モードの中で話題になるのがやはり伊佐凪だ。クラスの男子のおよそ半数が告白したらしい。赤信号みんなで渡れば怖くないというノリなのか、もはや伊佐凪に告白してフラれたことがステータス化しており、伊佐凪にとってはいい迷惑だろう。


 で、悪い変化はこいつだ。


「伊佐凪さん、おはよー。中間テスト惜しかったねー」


「あ、神谷くん、おはよう。惜しくなんかないよ。一年生の時から一度も霧山くんに勝ったことないもん」


 席が近いからか秀一が伊佐凪と仲良くなった。しかもなぜか二人とも俺を会話に巻き込もうとする。


「あぁ、まぁ生活が懸かってるからな」


 学年で常に五位以内に入るというのが特待生の条件だ。落とすと退学の可能性すらある。


「でも、伊佐凪さんもすごいよねー。去年全部二番でしょ?」


「う、うん」


 一学年が二百人ほどで、その上位二十名が張り出される。俺も五番目くらいまでは確認しているので、毎回自分の名前の下にある名前くらいは憶えていた。


「ちなみに神谷くんは?」


「THE・平均点だね」


「秀一は本気出せば俺より点数取れる気がするけどな」


「ま、秀一なんて名前だしね。この世からサッカーという競技が消滅したら本気で勉強するのもありかな」


 なんて感じで、まぁクラスメイトとしての会話くらいはするようになった。だが、去年までは席替えで隣になった女子をこんな風に巻き込んで俺と喋らせようとするヤツじゃなかったのに、不思議だ。


(秀一は見た目で女友達を選ぶようなヤツじゃないしなぁ)


「ん? どしたん?」


「いや、なんでも」


 ま、いずれ機会があれば聞けばいいかと思い、今はこの平穏なスクールライフを楽しむまではいかずとも気楽に過ごそうと思っていた時期が俺にもありました。

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