第16話 一肌脱いでくれ

 そんな風に土曜日を何回か過ごしている内に、期末テストが目の前に迫っていた。


「おはよー、真司。今回はどんな感じ?」


「まぁ、大丈夫じゃないかな」


 大丈夫というのは、学年5位以内に入れそうと言う意味だ。


「伊佐凪さんはー?」


「えっ、……今回は今までより良い成績を取りたいとは、思っています」


 秀一に急に話しかけられた伊佐凪はそんな風に答えた。


「へー。ユイ、今までよりってことは、霧山を倒すということか」


 それを聞いていたのは、伊佐凪の前の席であり、秀一の隣の席である佐々木さきだ。黒髪のショートボブでメガネが良く似合う姉御肌の女子。クラスの中心人物である。伊佐凪とは一年の頃から同じクラスで、席が近いため自然とこの四人で話すことが多くなっている。


 そんな佐々木が言った『霧山を倒す』これは、上位20名の成績が開示されている以上、俺と伊佐凪の名前がいつも同じ並びで並んでいることは周知の事実だからしょうがない。まして、片やコミュ障で目つきの悪い陰キャ。片方は学校中から注目される美少女。


「サキちゃん、倒すなんてそんな風に──」


「ほぅ、うちの真司を倒すつもりかい? 万年二位の伊佐凪さんに倒せるかなっ」


 佐々木の言葉を慌てて訂正しようとする伊佐凪。しかし、秀一の煽りによって──。


「うぐっ。た、倒すもん」


 クリア条件が討伐になったのであった。


(てか、万年二位とか言っちゃダメだろ。結構センシティブなワードだと思うぞ)


「で、なんで神谷が偉そうに言うんだ? アンタの名前みたことないけど」


 佐々木がジト目で指摘する。名前を見たことないとは、すなわち20番以内に入ったことがないということだ。


「おや、そういう佐々木さんだって──」


「私は1年の二学期の中間テストで18番で載ったことあるからな?」


 そうだったのか。秀一は上位者の成績など興味もないから知らなかっただろうし、俺も知らなかった。


「二桁ナンバーを一回取ったくらいで、勝ち誇られては困るなぁ。うちの真司はずっと一番だから」


「いやだから、それは霧山が偉そうに言うところだろ。なぁ?」


「あぁ、まぁそうだな。それに別に秀一のためにテスト受けてるわけじゃないし」


「おい、お前が裏切るなよ」


 秀一に肘で押される。いや、裏切るも何も事実だし。


「フフ。でも、今回は打倒霧山くんの気持ちで負けないよっ」


 伊佐凪は両手の握りこぶしをフンフンと振って意気込んでいる。


「あぁ、まぁ頑張れ」


 打倒霧山くんのための勉強に付き合ったのは、その霧山くんだけどな。


「くっ、俺の真司が伊佐凪さんに取られたっ。真司がゴク〇で、伊佐凪さんがベジー〇で、俺がクリ〇ンじゃないかっ」


「ふーん。別にどうでもいいけど、そうなると私は?」


「え、佐々木はヤム──」


「ふんっ」


「ぐはっ、ぼ、暴力反対」


 佐々木は指の形を犬? 狐? にして秀一のみぞおちにねじ込む。なんちゃらふうふう拳のつもりだろうか。


「おっと、そろそろ始まるな。では検討を祈る」


「うんっ」


「あぁ」


「お゛ぉぅ」


 こうして、なんとも緊張感のない中、俺たちの期末テストが始まった。


 で、テスト週間はあっという間に過ぎ去り──。


「はーい。テストお疲れ様打ち上げパーチ―しまーす。カラオケ予約してあるんで、事前に参加したいって言ってた人は、来てくださーい。当日になって、やっぱ青春したくなっちゃったぜっていう人もねじ込めるんで来てくださーい。今日だけは全てを忘れる。今日だけは全てを忘れていい日なんだっ」


 テスト最終日の放課後に、変なテンションになった佐々木がそんなことを言う。


「ちなみにー、ユイは強制参加だから」


「えっ。サキちゃん聞いてないよっ!?」


「あぁ、言ってなかったかも知れない。ゴメンよー。でも、ユイが来ないと行かないっていう脅迫を何件か受けててね。まぁ、クラスの懇親を深めるためにも一肌脱いでくれ」


 佐々木は悪びれる様子はなかった。そして、男子たちは佐々木の一肌脱いでくれという言葉にザワザワソワソワしていた。愛すべきバカっぷりである。


「うぅ、行くけど、サキちゃんそういうのは早めにね?」


「あぁ、すまない。何か予定でもあったのかな? 特定の、誰かと、二人で、打ち上げとか?」


 ニヤニヤとオジサンのセクハラ風にいやらしく聞いてくる佐々木。周りのクラスメイトたちも、まさか伊佐凪さんが? 彼氏か? などとやいのやいの不穏な空気になってきている。


「……フフ。サキちゃん? 怒るよ?」


「ヒッ。あ、あぁ、ユイ。ごめんね? ちょっと調子乗りすぎちゃった。あはは……。さ、みんな駅前のカラオケ店へGO! 店の名前と詳しい場所はクラスラインに載せておいたから、じゃあ解散っ」


 そして、佐々木は逃げるように教室から出て行った。好意的に見れば幹事だから先に行ったのだろう。そうでなければ、伊佐凪から逃げたということだ。


「えと、霧山くんは打ち上げ行くの?」


「……行くと思うか?」


「うん」


 俺からの問いに対して伊佐凪からは予想とまったく違う答えが返ってくる。この二ヶ月多少なりとも喋ってる中で分かりそうなものだが。


「いや、行くわけないが」


「え、真司も参加にしといたよ?」

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