第37話 ちょっとだけ恥ずかしい

「すまん。何をもって恥ずかしいか思いつかない。逆に伊佐凪が俺を恥ずかしがらせることを一つすればいいんじゃないか?」


 よく分からないが、ともかくこれはさっきの一連の流れの中で俺が伊佐凪に恥をかかせたことへの仕返しということだろう。ならば、遺恨が残らぬようこの場で済ませておきたい。


「なるほど、そうきましたか」


「……なんでもいいから、早くしてくれ」


「分かりました」


 伊佐凪はフラペチーノをかき混ぜながら、うーんと悩み──。


「で、では、ここから女性の水着売り場の手前まで手を繋いで歩く、の刑ですっ」


「………………」


 大丈夫だろうか。伊佐凪は耳まで真っ赤だし。それは伊佐凪が恥ずかしいんじゃないのだろうかと思う。つまり自爆では?


「何か言って下さい……」


「いや、まぁ、伊佐凪がそれをすることが大丈夫なら?」


「うぅ、大丈夫ですっ。私は執行人ですからね!」


 いや、執行人とかいう人種が何をする人かは知らないが、執行人とやらにもやりたいこと、やりたくないことくらいあるだろう。


「とにかく分かった。手を繋ぐんだな? いいぞ」


「え、霧山くんって結構プレイボーイ?」


 向こうの要求を素直に呑んだら、まさかの心外な言われ方だ。


「少なくとも俺の記憶の中では異性と手を繋いだことはない」


 これは本当だ。どれだけ小さい頃にさかのぼっても女性と手を繋いだ記憶など出てこなかった。


「えっ。霧山くんの初めてもらっていいのっ!?」


「いや、言い方。まぁ逆に言えば伊佐凪は色んな男と手を繋いできたんだな。プレイガールというわけだ」


 やられてばかりでは何なので、意趣返しにそんなことを言ってみる。


「それ、絶対女の子に言っちゃダメな言葉だからね?」


 上目づかいで怒られた。その怒りをぶつけるかのごとく、伊佐凪はフラペチーノの残りを飲み干した。


「…………」


 さっき自分は俺のことプレイボーイって言ったじゃん、と喉まで出かかったが飲み込む。今のやり取りの正解がよく分からない。関係ないかも知れないが、俺は昔から作者の気持ちを答えよという問題が一番苦手だった。


「飲み終わったなら、移動するか」


「はーい」


 思考を放棄し、俺は粛々とミッションをこなすマシーンになることを決め、飲み干したグラスを片付ける。


「ん」


 カフェから出たので、俺は左手を差し出した。


「えいっ」


 ひんやりと冷たい白い手が重なった。


「霧山くんの初めてだね。こんな衆目の中で同い年の女子と手を繋いじゃったね。みんなからカップルみたいに見られちゃうかもだよ?」


 伊佐凪は手をキュっと握りながら俺の羞恥心をなんとか刺激しようと頑張っているようだ。だが、俺はそんなことでは動じない。


「いや、もう二度と会うことのない人たちだし」


「……じゃあ知り合いに見られたらどうする?」


 知り合い……。顔を思い浮かべてみる。秀一、茜ちゃん、そして佐々木の顔が出てきた。


「めんどくさいな。特に最後のヤツ」


「? 最後の?」


「なんでもない。まぁでも別に恥ずかしくは……」


 恥ずかしくはない。それに別に同級生の男女が手を繋いで商業ビル内を歩いていても──。ん、いや、待て。


「どうしたの?」


「いや、よく考えたらこの状況はおかしいということに気付いた」


「え゛……。今さら? でも良かった。霧山くん全然動じないからこれが霧山くんの中ではスタンダードかと思ってちょっとビックリしちゃってたよ。例えばサキちゃんだとしても手を繋いじゃうのかなぁ? とか」


 佐々木と手を繋ぐ。……なんか違うな。


「それは何かが違う気がする」


「ふーん、そっか」


 何が違うのかはよく分からないが、伊佐凪はそこに対して特に深堀ってくるわけではなく、少しだけ手を握る力が強くなったようだ。


「エスカレーターだな」


「エスカレーターだね」


 カフェは二階。女性の水着売り場は四階。目の前にはエスカレーター。伊佐凪の手は握られたままだ。仕方ないので、そのまま手を繋いで縦に並びながら上がっていく。


「……どう? ちょっと恥ずかしくなってきた?」


「……いや?」


 伊佐凪はこんな見た目のせいか男女問わず視線を集める。色々な視線が繋いだ手や俺にまで向けられるのは、意外にも少し恥ずかしさを覚えた。が、ここでそんなことを自白しようものなら伊佐凪に何を言われるか分からない。なので、平気な振りをする。



「遠回りする?」


「しない」


「ふーん、即答だね」


 ニコニコしている伊佐凪。即答はマズかったか、と少し余裕がなくなっていたことを省みる。


「はいっ、ここまでありがと」


 四階。エスカレーターを降りたところで伊佐凪からパッと手を放す。


「あぁ、じゃあ俺も自分の見に行ってくる」


「はーい。じゃあ終わったらラインしてね」


「あぁ、そっちも」


 というわけで伊佐凪は水着売り場へと歩いていく。その後ろ姿を見送り──。


「ふぅー」


 一息ついて、少し汗ばんだ左手をズボンで拭って水着を見に行くのであった。

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隣に越してきた学園一の美少女にホント勘弁して下さいって言ったら逆に懐かれたんだが 世界るい @sekai_rui

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