第35話 フラペチーノ

◆◆霧山視点◆◆


「…………暑かったな」


「そうだね……」


 俺たちは二駅隣の商業ビルまでやってきた。七月に入り、外はうだるような暑さで、日差しも焼き殺してやると言わんばかりに容赦のない熱視線だ。


「一休みする?」


「……賛成だ」


 とっとと買い物を済ませるなどと意気込んでいたが、むしろこの状態で動く方が非効率的だと感じる。クールダウンしてから買い物をした方が結果としては──。


「じゃあカフェいこっか」


「あぁ」


 なんてことを考えるのもアホらしいくらいに、暑さでどうにかなってしまいそうなので、伊佐凪に先導されるまま商業ビル内にある某チェーンカフェに向かう。休日ともあってかカフェ内にも人が多い。


「結構混んでるな」


「そうだね、席空いてるかなっと。あ、丁度空きそう。ちょっと待ってて」


 そう言うや否や伊佐凪はササっと席を確保していた。


「やるな」


「え、そこ、うん。ありがと?」


 素直に褒めたつもりだが、なんだか伊佐凪は何言ってんだこいつ、と言わんばかりの反応だ。


「じゃあ注文しにいこっか」


「あぁ」


 席を確保しておくための荷物を置き、二人でカウンターへと並ぶ。


「霧山くんは何頼むの?」


「アイスコーヒーかな」


「ここでもブラック?」


「あぁ」


 伊佐凪の家でもコーヒーを淹れてもらう時はいつもブラックだしな。


「そういう伊佐凪はなんかミルクとか甘いのとかか?」


 伊佐凪はいつも牛乳やらメープルシロップやらを混ぜた甘めのコーヒーを飲んでいるのをよく見る。

 このカフェには、なんのことだかよく分からないメニューがズラリと並んでおり、すなわちブラックではなく何かが足されているということ。それは恐らく甘い何かであろう。


「うん。エスプレッソ・アフォガード・フラペチーノにしようと思ってるよ」


「……エスプレッソとアフォガードは知っているが、フラペチーノってのは何なんだ?」


「えとね、アハハ、なんだろ? でも美味しいんだよ?」


「そうか」


 まぁ、フラペチーノがなんなのかは別にどうでもいいこととなのでそれ以上は深掘りしない。


「次のお客様どうぞ~」


 そんな会話をしていたら俺たちの番になった。宣言通り俺はアイスコーヒーを、伊佐凪は長ったらしい名前のフラペチーノを頼み、席に戻る。


「「……」」


 酷暑の中を歩いてきたため、喉が渇いているのだ。まずはお互い無言でコーヒーを味わう。


「……しかし、そっちのは甘そうだな。逆に喉が渇きそうだ」


「そんなことないよ? 飲んでみる?」


 飲みかけのフラペチーノが俺の目の前に置かれる。伊佐凪の使ったストローを使うのは流石に気まずい、かと言ってストローを避けて、グラスから飲むのもおかしな話しだろう。なら、簡単だ。


「いや、いい」


「ふーん。じゃあ私はそっちの飲んでもいい?」


「飲み干すなよ?」


 ブラックだから飲めないのではないかと一瞬思ったが、味見したいと言うならわざわざ指摘することでもないだろう。代わりと言ってはなんだが、伊佐凪はまずそんなことやらかさないであろうことを冗談で注意しておく。


「どうかなぁ~?」


 伊佐凪はイタズラっ子のように笑う。俺は無言でグラスを差し出すと、伊佐凪は俺のストローをそのままパクリとくわえ──。


 ジュ―。


「おい! 本気で飲むなっ」


「うぅ、苦いぃ。だってフリかなって思って」


「いや、違うわ。いや、違うくないけど違うわ」


 確かに飲み干すわけがないと思っていながら、言ったのだからフリではある。しかし、まさか半分も飲むとは思わなかった。あまりの予想外であったため、変なテンションになってしまった。


「じゃあ、はい。たくさん飲んじゃった代わりにどうぞ」


「はぁ……。んじゃ、もらう」


 伊佐凪は俺のストローを平気な顔して使ったんだから、こっちが気を遣うのもバカらしくなった。俺は差し出されたグラスをそのままストローをくわえ、一口飲む。


「……想像通り甘いが、結構コクもあって美味いな」


「お口に合ったようで良かった」


 俺はフラペチーノを伊佐凪に戻す。だが、一向にアイスコーヒーが返ってこない。俺のアイスコーヒーを返してほしいのだが。


「なんか、お互いの飲んで、それをまた返すって恥ずかしくないです?」


 急にモジモジしながら敬語になる伊佐凪。


「恥ずかしいならそんなこと言い出すなよ……。ほら返してくれ」


「うぅー。はい」


 俺は何を今更という風に言うと、伊佐凪からしぶしぶとアイスコーヒーが返ってきた。

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