第20話 初めてのお相手

「はいはいはーーーいっ! 霧山とユイでーす」


 イントロが流れてくる。佐々木がマイクを二本受け取り、俺と伊佐凪に無理やり渡してきた。


「ちょっ」


「あぅ」


 しかも、さっきまで歌う人がいても平気でくっちゃべってたのに急にみんな話しをやめて、こちらを見てくる。つうか、ルーム内の全員が注目している? そんな中、歌い出しの女性パートが目前だ。


「~~~~♪」


「うわっ、伊佐凪上手っ」「声綺麗~」


 伊佐凪が歌い始めてしまった。クラスメイトたちは伊佐凪の歌声にうっとりしているが、俺はそれどころではない。あと十数秒後には男性パートが来てしまう。


「真司、エアーリーディング力を取り戻せ」


 秀一からいらんアドバイスが飛んでくる。確かに、ここで歌わずにいたら空気は白けて、伊佐凪にも恥をかかすことになるが……。


「……ッチ。今度秀一が来た日は夕飯はパクチーを使ったフルコースにしてやるからな」


 八つ当たりとばかりに秀一が苦手であるパクチー料理を振舞うことを宣言し──。


「むしろ、パクチー好きになるかもな。頑張れ、カラオケデビュー」


 くそっ、今の絶対最後に(笑)がついていた。


「~~~~♪」


 一声目で声が裏返ってしまったが、なんとか立て直し、歌いはじめる。クソっ、注目すんな。


「ほーぅ、ユイは流石に上手だけど、なんだ霧山も意外に歌上手いじゃないか」


 佐々木からありがたい講評を頂く。余計なお世話だ。


「まぁ、真司は音楽好きだしねぇ」


「それも意外だな。お、サビが来るぞ。ッ!? ユイのハモリ完璧じゃん」


 メガネがカクリと片方ズレ、口をあんぐり開ける佐々木。


「うわっ、鳥肌立った」「え、私も」「すご……」


 確かに、俺も一緒に歌っていて首筋あたりがゾクリとした。伊佐凪なにものだよ。


「これはこれは。でも、真司のどっしりした主旋律がしっかり音取れてるからだね」


 伊佐凪に引っ張られないように必死に歌ってる中、ニヤニヤと秀一がこっちを見てくる。


 隣を見れば、伊佐凪が楽しそうに歌っていた。一番だけ歌えばいいかとも思ったが、仕方ないので、このまま最後まで歌い切る。


 そして曲が終わると──。パチパチパチパチ。


「すげー!! 伊佐凪めっちゃ歌上手いじゃんっ。次俺とも歌おうぜ!」


「えー、ユイちゃんは次私たちとでしょ! つーか、何シレっとデュエットできると思ってんのよ!」


「いや、でも霧山くんも歌上手くない? あとちょっとイケボだし?」


「待て待て霧山こそ、なんで伊佐凪とデュエットしてんだよっ。ギルティだろっ!」


 なんかクラスメイトたちが好き勝手言ってた。


「しゃーーらっぷ!! お前ら、次は私の番だぜ?」


 気付けば佐々木がマイクを握っていた。イントロが始まる。ゴリゴリでノリノリなヒットナンバーだ。佐々木は大型モニターの前まで飛び跳ねながら出ていき、みんなを煽って盛り上げている。


「……ハァ、佐々木は元気だな」


「だなー。で、どうだったカラオケデビュー」


「ん、まぁまぁだ」


「そか、それは良かった。伊佐凪さんはー?」


 歌い終わって、自然と隅っこに戻ってきたわけだが、伊佐凪もついてきた。


「えと、霧山くんと一緒に歌うのすごく歌いやすくて、楽しかったです。あと、霧山くんの初めてのお相手になれて光栄でした」


 伊佐凪はニコリと笑う。


「わーぉ。ねぇ、伊佐凪さん、もう一回言ってくれる?」


 確かに佐々木のカラオケは爆音だが伊佐凪の言葉が聞こえないほどではない。

 

「? すごく歌いやすくて、楽しくて、霧山くんの初めての──」


「やめぃ」


「あぅ」


 バカ正直に繰り返そうとした伊佐凪にチョップをかます。もちろんめちゃめちゃ軽くだ。だから、そんな上目遣いで頭を撫でて痛いアピールするようなものではない筈。


「あーあ、真司ひどーい。こんないたいけな女子高生をキズモノにして。二重の意味で?」


「秀一。そろそろマジで怒るぞ?」


「ひぇー。ごめんなさい、ごめんなさいっ。調子乗りました! 羽目外しすぎましたっ」


 秀一が笑いながら後ずさる。


「フフ、霧山くんと神谷くんってホント仲良いよね」


「「そうでも(ない)(ある)」」


「ップ。アハハハ、なにそれっ」


 まったく同じタイミングで、真逆のことを言う俺たちのことを伊佐凪が笑う。


「うぉぉいっ、そこのデュエットかまして気持ちよくなって、ピロートークにしけ込んでる二人と、オマケ一人、ちゃんと私の歌を聞けぇぇぇええ」


「はーいっ、オマケちゃんと聞きまーす」


「あぅ、サキちゃん、ごめんなさーいっ」


「……どこに枕があるってんだよ」


 佐々木からのツッコミに対して、俺はどうでもいいツッコミをボソッと返すのであった。

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