第7話
「うーんと、それじゃあまず、今回の逸脱について簡単に説明しますね」
藤原さんが、逸脱報告書や私が会議室に持ってきていたその他の資料を使って、安倍さんと私相手に状況の整理を始めた。
「今回トラブルが発生しているのは「ペインレスA錠」。解熱・鎮痛作用のある2成分を配合した第2類医薬品で、10年ほど前に、経営難になった県内の企業から製造販売承認を承継した。年間出荷数はあまり多くない方だけど、細々とコンスタント製造依頼がある感じです」
平安製薬(株)は、元は地域密着型の配置薬業向けに家庭用の飲み薬を作っていた背景があり、今も薬局やドラッグストアで売られるいわゆる「OTC」という薬を生産している。
「参考までに過去のサンプルを持ってきました」
私はシンプルなデザインの小さな紙のケースから、1シート分のPTPを取り出して二人に見せた。10錠の白い小さな錠剤が並んでいる。表面に糖衣やコーティングがされていない、素錠という形態だ。丸い錠剤はシートの中で割れも欠けもせず、綺麗な形を保っている。
「問題が起きたのは、この「PTP包装」の行程です。包装機では板状プラスチックにポケットを成形した後、そこに錠剤を1錠ずつ入れ、アルミ製のフィルムと熱でくっつけて、10錠分ずつの長さにシートを切断するのですが、この、シートを切断する行程の直後に、なぜかポケットの中で錠剤が粉々になってしまう……と」
「最初に逸脱が起きたときのシートをサンプルで持ってきました」
さっき差し出した製品サンプルと同じPTPシートの中には、もはや錠剤であった面影もない、ただの白い粉が10個のポケットの中に詰まっていた。
「錠剤を製造する行程では特に異常は見られていません。製造現場での行程検査でも、品質管理課で行った物性試験でも、錠剤の強度は規格の範囲内でした」
「なのに、包装行程で突然錠剤が崩壊して粉々になる……と。それで、これまで8回行った「是正措置」というのは?」
安倍さんが尋ねた。昨日入社したばかりなのに、理解が早い。前職でも薬業関係だったのだろうか?
「錠剤が機械に供給されてポケットまでガイドされる過程で、衝撃が加わりすぎて破損したのではないかと仮定して、フィーダーの振動数を限界まで下げています。包装後に崩壊する錠剤はゼロにはならないのですが、この措置の後は不良品の発生率が押さえられています」
「ふむ……」
逸脱報告書にはこれまでの9回の生産で、錠剤の崩壊が起こって廃棄になったシートとそのまま製品化できた正常品の数の割合が記されている。それを眺めながら安倍さんは何かを考え込んでいる。
私は会議中に飲み込んだ言葉がまたむかむかと胸の内からせり上がってきて、思わず藤原さんに向かって言ってしまった。
「こんな不良品の発生率で9回も出荷を繰り返してたら、GMP査察の対象になったときに絶対に指摘事項になりますよ」
「そうは言ってもねえ」
困ったように藤原さんが頭を掻く。
「他に対処方法も思いつかないし、指摘になったら部門責任者に上手いこと説明して切り抜けてもらうしかないよねって話になってるんだけど」
「またそんなこと言って――」
「この包装機ですが」
安倍さんが唐突に私たちの会話に割って入った。手には、報告書の中に添付されている、逸脱現場の写真がある。
「どれぐらい使用を続けているのでしょうか」
「あー、これ、承継前の会社から中古で譲り受けた包装機なんですよね。だからうちの会社では10年ぐらい使ってるけど、相当古いですよ。資産管理表見れば製造年がわかるはずですけど」
「いえ、だいたい事情はわかりました」
「は?」
安倍さんは資料を私に返すと、静かに立ち上がった。
「この製造現場ですが、昼休憩の時間はフロア全体が無人になりますね?」
「えっ? ああ、そうですね、包装行程の作業員は一斉に休憩を取るので、12時から13時の間は基本無人のはずです」
「では藤原さん、お手数ですが、12時にこちらの包装作業室に案内して頂けますか」
「今からじゃなくて、昼休みに?」
安倍さんは無表情に、しかし心なしか力強く頷いた。
「はい。私の推測が正しければ、陰陽道が今回の問題の解決をお手伝いできるはずです」
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