第6話
藤原さんが割り込んだことで、張りつめた空気が一気に変わったのがわかった。高市さんの、眉間に皺を寄せていた表情も一気に緩んでいる。
「藤原ぁー、お前、また女子の前でええカッコしようとしてんなー?」
「ええカッコさせてくださいよぉー」
茶化された藤原さんが軽く頭を掻いている。
私はこういう時、どういう顔をして、どういう態度を取ればいいのか、いつもわからない。
作り笑いをして男の人の機嫌を損ねないようにやり過ごすのは苦手だ。性別は違えど、年上の男性の懐にも女性の懐にも自然に入っていける藤原さんに、初対面の頃は良い感情を抱けていなかったのを思い出す。
さりげなく会話の主導権を奪った藤原さんが、問題の逸脱を起こしている担当課長の河内さんに話を振った。
「どうっすかね、河内さん、確かに事情知らないメンバーにしたら、不可解な逸脱ではあるし、一度山城ちゃんに現場見て納得してもらった上で、今日中に承認、てことで」
「見学は良いけど、今日俺、説明してあげてる時間ないんだわ」
「あ、大丈夫っす。俺がやりますから」
「おおー? 藤原、それダシに山城ちゃん誘おうとしてねーか?」
「へへっ」
高市さんがまた茶々を入れて、藤原さんが肯定も否定もせずに笑って流す。
「それじゃあ、そういうことで、藤原さん、対応よろしくお願いします。山城課長代理には急ぎで承認してもらうということで……」
話がまとまりそうになったことに明らかにほっとした様子で、佐伯部長が会議の進行を再開した。
「えー、それでは、次の議題に……」
結局、私がわがままを言って、それを諫められた、という形に落ち着いている気がする。現場を見たらはんこを押せ、つまり結局、私は口出しをするな、ということだ。根本的な問題について再検討するつもりはないということだ。
悔しい気持ちが湧いてくる一方で、あそこで藤原さんが割って入らなければ、落としどころが見つからず延々と言い合いになっていたかもしれない、とも思う。こうなるしかなかったんだろうか。
会議は予定通りの一時間ほどで会議が終了した。
参加者たちが気だるげに会議室を退出していく。
隣で藤原さんが、「うーっ」と声をあげ、椅子に座ったまま大きく延びをした。
「大丈夫? 山城ちゃん」
「はい、あの……さっきはすみませんでした」
小さく頭を下げると、藤原さんは苦笑いを浮かべる。
「いやー、高市さんね。悪い人じゃないんだけどねー」
どうしても肯定する気分になれず、私は無言で視線を逸らす。
ああいう手合いの人は、学生時代にも過去の職場にも必ずいた。藤原さんみたいに器用に人付き合いができるタイプの男性には扱いやすいのかもしれないが、私はいつも目の敵にされがちだった。
ため息をつきたくなるのを押さえて、手元の資料に目を落とす。逸脱報告書には、問題が発生したときの資料写真が貼られている。
PTP包装というのは、アルミやプラスチック系の素材から成るシート状のパッケージで、一錠ずつ錠剤やカプセルを押し出して取り出せるようになっている、一般的な包装形態のことだ。写真では、錠剤が封入されたポケットの中で、薬が崩れて粉々になっている。
「どうする? 包装機、見に行く?」
藤原さんがカラっとした口調で聞いてきた。
即答しがたい。現場を見るのは大事だが、動いていない状態の機械を見ても、得られることは多くない気もする。
迷っていると、突然、第三者の声が割り込んできた。
「行きましょう」
「へっ!?」
びっくりして思わず顔を上げる。会議室には私と藤原さん、そして、私たちの前にいつの間にか立っている安倍さんだけになっていた。
「うわっ! なに、なんすか、いきなり」
藤原さんも本気で驚いたらしく、若干身体を仰け反らせている。
そんな我々の反応を気にする様子もなく、生真面目な顔のまま淡々と、安倍さんは言った。
「陰陽道が力になれるかもしれません。問題の現場を、ご案内いただけますか」
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