第5話
気まずい沈黙を、佐伯部長の咳払いが破った。
「えーっと、それで……安倍……さんは、会議に出席するんですか?」
「当社の要である、生産計画に関する会議ですので、アテンドいたします。当方で何か解決に役立てるトラブルなどありましたら、提案させていただきます」
「総務部の人がこの会議に出たことはありませんが……」
「総務部に所属はしていますが、社内のあらゆる業務に関わるようにと社長よりご用命いただいておりますので」
「いやいや、総務の手伝いとかいらないから」
おろおろした佐伯部長と、淡々とした安倍さんの会話に、だみ声気味の中年男性が割って入った。
会議室の後方に座っていた、高市さんだった。第二製造課の課長である。恰幅が良く、角刈りで、作業着の袖をまくった太い腕を組んでいる姿は、なかなか威圧感がある。
「ったくよぉ、素人に製造のことなんてわかんねえんだから、社長も黙っててくんねえかな」
「高市くん」
たしなめるように、高市さんの隣にいた、細身で長身の中年男性、第三製造課長の河内さんが小さくその名を呼んだ。対照的な容姿をしているこの二人は、同期入社だと聞いている。
険悪になりそうな空気をかき消そうと、佐伯部長が声を張り上げた。
「えーっと! とりあえず、時間も押してますし、始めましょうか」
安倍さんが黙って静かに会議室の後方へ歩いていき、パイプ椅子を出して着席した。
「えー、まずは今週の生産進捗ですが、第二製剤棟のPTP包装工程で逸脱が発生して製造停止中となっている製剤が一件、それ以外はスケジュール通り進行しています。逸脱発生した「ペインレスA錠」ですが、そろそろ市場欠品しそうだと卸から連絡来てますので、なるはやで製造再開したいのですが、河内課長、逸脱処理についてはどうなってますでしょうか」
「是正措置案を回覧中です。どの辺まで回ってますかね」
「あ、わ、私です」
私は手を挙げた。2、3人がこちらをちらと見る以外は、気に留める様子もない。
「あー、それならすぐに終わりますね。早くハンコを押して次に回していただいて……」
「あ、あの!」
私は反射的に立ち上がった。緊張で声が裏返った。足が震えそうだ。
手元には、数日前からずっと、「承認」のはんこを押せずにいた、例の「逸脱報告書(9)」がある。
迷っていたが、話題になってしまった以上、今ここで、言わなくちゃならない。
「この書類、拝見したんですが、ちょっとこれ、このままでいいのかなって、いうか、その、」
「何か誤記でもありましたかね?」
「いえ、そうじゃなくて……。この行程、同じ異常が過去9回も起こってるんですよね。包装直後にPTPポケット内で錠剤が崩壊……。何回包装機の設定の微調整しても同じトラブルが起こるなら、根本的な原因は別のところにあるんじゃないかなって」
「やーまきちゃーん」
高市課長の声が割って入って、私は反射的に口をつぐんだ。
「最近こういう会議出席するようになって、張り切ってんのはわかっけど、ここは品管さんの出る幕じゃないのよ」
この人は、こういう反応をするだろうな、と思ってはいたが、やはり目の前で、自分を小馬鹿にするような態度と、苛立ちが混ざった空気を醸し出されると、怯んでしまう。が、後には引けない。私は唾を飲み込んだ。
「……品質管理課も、製造工程に責任を持つ立場にあると思います」
「あのさあ、白衣着て細っそい腕でガラス容器振ってる女子連中に、製造の何がわかるわけ? こっちはこの道何十年のプロなの。この件も俺らで何回も検証して、その対応で行くことに決まったの。坂上くんも何回もはんこ押してんだし、代理で来てるあんたが今更しゃしゃり出てきて口挟む余地ないの、わかる?」
「でも、あの、」
怯むな、弱々しい仕草をしてはいけない。気圧されて泣いたりなんかしたら、これだから女は、と言われてしまう。
自分を落ち着かせるために、ふう、と、慎重に息を吐き出したと同時に、真横から突然場違いなぐらい明るい声が飛び出した。
「まあまあまあ!」
覚悟していなかった方向から大声が響いてきたことに驚いてしまって、思わず肩が震えた。
「まあまあまあまあ、高市さーん! 山城ちゃんの気持ちもわかってやってくださいよ、心配症なんすよー」
底抜けに明るい藤原さんの声が、会議室の空気を一気に変えたのが、わかった。へらへらと、締まりのないように見える笑顔を浮かべている。
それと同時に、机の下で作業着の袖を軽く引かれた。私は我に返って、静かに椅子に座り直した。
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