第4話

 社長に促されて、みんな動揺しながらもぱらぱらと着席し始めた。


「あ、そっか、品管さんは坂上課長がお休みだから……これで全員か」


 佐伯部長が小さくつぶやく声が聞こえた。


 こういう場で坂上さんの名前を聞く度に、気まずいような気が重いような感情がじわりと押し寄せる。この会議には、本来ならば彼が責任者として出席しているはずなのだ。坂上課長は私より一つ年上の上司、所属する品質管理課の課長であり、先々週から休職してしまった。私の肩書きが課長代理となっているのはそれ故である。


「えーっと、それでは生産計画会議を始めます。あのー、社長、何か連絡事項が……?」


 おそるおそる、佐伯部長が社長に伺う。


「うん、みんなに紹介したい新入社員がいてね。総務部に配属になった、安倍くん」


 視線で促され、安倍さんが一歩前に歩み出た。会議室中の視線が安倍さんに集まる。総務部の新人なんて、わざわざこんなタイミングで紹介されることはないので、みんな不思議に思っているはずだ。


 しかしそんな空気を気に留めている様子もなく、安倍さんは淡々と自己紹介を始めた。


「昨日より総務部陰陽課に配属になりました、安倍晴男と申します」

「おんみょうか?」


 誰かが小声で、怪訝そうに繰り返している。社長にも聞こえていただろうが、ご機嫌そうな笑顔は崩れない。


「みんなもわかってくれていると思うけど、我が社はね、今、色々ととっても、苦境に立たされてる。売り上げも利益も下がる一方だしね。そこで、新しい風を取り入れようと思ってね。安倍くんは日本に古来から伝わる「陰陽道おんみょうどう」を学んでそれを会社経営に活かすメソッドを開発したすごい人なんだよ。みんなも知ってるでしょ、羽生結弦くんがスケートで滑ってる、陰陽師」


 ああ、伝わる、伝わってくる、会議室にいる社長以外の社員がみんな、内心うんざりしながらも、何も言えずにいる爆発寸前の感情が……。


 隣から、こそっと、藤原さんが私に耳打ちしてきた。


「陰陽師って、悪霊と戦ったりするやつ?」

「……わかりません……」


 私は小さく首を振った。昨夜から安倍さん本人が説明してくれた方角だの日時だのを占うっていうのは、古文の授業で聞いたことあったけど、私も陰陽師が正確には何をする仕事と定義されているのかわかっていない。一応理系だし。しかもそれを現代の会社の経営にどう活かすって?


 そのとき突然、窓の外から大きな音が響きわたった。どかん、ががが、みたいな。工事用車両の作業音だ。室内がざわつく。


「今日、何か工事の予定入ってたっけ?」


 誰かが呟くように言った。一応、工業団地内で大がかりな工事があるときは、ちゃんと情報共有されるようになっているのだ。


 窓の方に目をやると、ブラインドの向こうに、ショベルカーの影が見えた。


「ご連絡が後追いになってしまいましたが、本日より社屋北側の道路に植樹をいたします」


 安倍さんが、堂々と言い放った言葉に、どよめきが更に大きくなった。


「植樹? な、なんで?」

「当社の地相を確認いたしましたところ、社屋に対して北の方角への守りが希薄であることが判明しました。北側道路にエンジュの樹を6本、植樹します」


 マジでこの人は何を言っているんだ。


「エンジュって何?」

「……わかりません……」


 藤原さんは藤原さんで、なんでも私に聞かないでくれ。


 部屋の中で平静なのは、社長と安倍さんの二人だけだ。


「すごいでしょう! これが陰陽道なんだよ。決められた木を植えると、不吉なことからその土地を守れるんだって!」

「えーっと、でも、あの道路、うちの所有じゃなかったような」


 佐伯部長が慌ててそう口にすると、安倍さんは頷いた。


「昨日、企業団地の管理団体に工事許可を取りました」

「ね、頼もしいでしょ! というわけで、うちのピンチも安倍くんの力でどんどん脱して、すぐにいい会社になっていくよ! よろしく! それじゃあ、会議頑張って!」


 一条社長はいつもにこにこして朗らかな人柄だが、今日は本当に楽しそうだった。スキップぐらいしそうな軽やかな足取りで、会議室から出て行く。もはや会議室内の社員たちは、見送りのために立ち上がることすらできずにいた。


「ま、マジかよ……」


 誰かが呆然と呟いていた。



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