別章
風待山 4
だれもいない広いダイニングで一人でいすに座って外を見ていた。こんなに静かで、こんなに空気の動かない場所って他にあるだろうか。
今日は小早川さんも須藤さんも自分の部屋から出てこない。
私は何かすることはないかと、食堂を見回してみたが、何にも見当たらない。
もう一度、窓の向こうを見てみると、庭にきれいな花が咲いているのが見えた。先日、小早川さんが教えてくれた赤い花だ。
――庭の枯れ葉でも拾おうかな。
秋のやわらかな日差しが気持ちよさそうに庭を照らしていた。
山崎千夏は玄関から靴に履き替えて庭に出てみた。今まで、屋敷の中ばかりにいたから、こうしてあらたまって庭に出るのは初めてに近い。
広い庭である。きちんとした配置で植えられたものではないが、自然と調和のとれた位置に木々が植わり、その間にちょっとした花壇ができている。今は夏の花が終わり、花壇には薄桃色のコスモスや咲き残っているサルビアが風に揺らめいている。
千夏は赤い花を見に行った。
つばきの花が濃く艶のある固い葉の中に咲き始めていた。
赤い花弁の中心には黄色の花心があり、近くで見るとくっきりとした色合いの花である。
そのつばきの木も人の手で刈り込みを入れてあるようではなく、つばきが思うように枝を伸ばし隣の木とほどよい間隔で触れあっている。
庭を歩いてみた。生け垣の外は竹の林が一段低い土手を覆い、その緑の竹と庭に咲くつばきの赤い花が風情を醸しながら落ち着いた雰囲気を作り出していた。
庭の一番隅まで来た時、太い木の幹の根元にか弱く若い葉をつけたつばきの若木を見つけた。地面から千夏の膝の高さくらいに育っている。
こんな小さな木がやがて立派な木となって赤い花を形成していくのだ、とつばきの若木に人間の子どもの成長を重ねていた。
――あんなに小さく幼かったのにね。
息子の今を思うと、自分の来し方にも思いが自然とめぐってきて、その若木の成長を大事に見守ろう、と思った。
小早川さんと須藤さんが自分の部屋の窓から庭を見ているのが千夏のいるところから見えた。
――お二人とも何を思って見ているのだろう。
千夏には二人がはるか遠くを見つめているように見えた。
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