第4話 吐露
ラインの飲み会があった。
メンテナンスを担当している新人君が、朝礼の中で週末の飲み会を知らせた。
新人君は、今回は班長の栄転を祝う会だから全員に参加してほしいと言った。
班長の転勤の話は先週、聞いていた。次は工場の現場ではなく本社の設計に配属されるということだった。栄転である。
入って間もない頃、丁寧に仕事を教えてくれたり、学校の行事で休みを取るときにも快く了承してくれたのはこの班長だった。
「みなさん、お忙しいので無理をなさいませんように」
と、班長は笑って頭を下げた。
今までの何回かあった飲み会は千夏は創一がいるので断ってきた。家に帰り、創一に留守番ができるか訊くと、創一は一人でも大丈夫だと言ってくれた。
「テレビを見てれば、特に怖いこともない」と笑っていた。その言葉に甘えて、班長の送別会には出ることにした。
宴席は工場の近くにある食堂で、ラインの二十人ほどの仲間が食堂の二階にある狭い座敷に集まっていた。班長は宴席の正面に座らされて、笑顔で隣の古参社員と話していた。
千夏はくじ引きの座席で入り口近くの席になり、ここなら、隅っこで静かにしていられると自分のくじ運を喜んでいた。
さとみはまだ来ていないみたいだ。千夏はひとりで周りの雑談をそれとなく訊いて宴会が始まるのを待っていた。隣の席がまだ空いていた。
「あっ、山崎さんのとなりだ」
宴会がそろそろ始まる時間になって、一番並びたくなかった人が千夏の横に来た。さとみが汗を拭きながら、派手なロングスカートを両手でたたみながら千夏の隣に腰を下ろした。
「家のくそガキがなかなか学校から帰ってこなくて」
さとみはそう言いながら千夏に笑った。
「学校へ電話したら、テストができなかったから残って少し補習をしていましたって。余計なことするな、さっさと家に帰らせろって言ってやったわ」
千夏は背筋に薄ら寒さを感じた。
――この人って…。
宴会で、班長があいさつをして、古参社員の乾杯でみんなが飲み始めると、会場にはそこら中で笑い声が聞こえ、大声での会話があちこちで弾みだした。千夏は創一が待っているので、アルコールは飲まずジュースを飲んで人の会話を聞くのに徹した。
少し時間が経って、さとみが千夏の隣に戻ってきた。さとみは班長のところへ行ってビールを注いでくる、と言ったきりあちこちに寄っては大声で笑い合っていた。
「久しぶりに飲んでまわるわー」
口ではそう言いながら、自分の席につくとコップに残っていたビールを一息で飲み干した。
「山崎さんはどうしてこの会社に入ったの?」
千夏は皿の魚を箸でつつきながら唐突に質問してきた。酔っているらしく、普段なら訊かないようなことを言ってきて、千夏も困った。
「息子を養わなきゃ。それだけです」
「だからー、」
さとみは声のボリュームを一段階上げた。
「だんなとどうして離婚したのかってことよ」
千夏は隠すのも面倒と思って話すことにした。
「本当ならずっと一緒に暮らしているはずだったんです。旦那は小さな工場をやっていたんですけど、去年、仕事をもらってる会社が倒産しちゃって」
さとみの箸が止まった。千夏の顔を見た。
「ふーん、それで、あなたが子どもの面倒をみることになったってわけ」
「まあ、そう言うこと」
千夏もコップのジュースを飲んで、残っている料理に手をつけようと箸をとった。
「その倒産したって会社、ひょっとしてうちの会社かな」
千夏はさとみの顔を見た。さとみは真顔であった。
「木藤工業」
さとみがそう言った。
「倒産したっていうの木藤工業じゃない?」
千夏の頭の中で離ればなれになっていた単語がつながった。
「木藤工業」と「木藤さとみ」
同じ名前であったが、関係ないと思っていた。というより、今まで出会ってから全く思い浮かべもしないつながりだった。今、初めて「そう言われてみれば」と胸に落ちたのであった。
「あんたの家族、こわしちゃったのはうちのばか親父だな」
さとみは自分のコップに近くにあったビールの瓶を傾けて、注ぐとまた一息で飲み干した。
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