第5章 副島美智子 つばきの祖母・さとみの同級生
第1話 美智子おばあちゃん
学校から帰るとつばきは手を洗って美智子おばあちゃんのいる部屋に向かった。
美智子おばあちゃんは市役所に勤めている。2年くらい前までは普通に朝、仕事に行って夕方帰ってくる仕事だったけど、働いている部署が変わったらしい。今は、困っている人たちの相談を受けてその人たちの支援を考えるところにいると聞いている。そのせいで、働く時間が不規則になって、夜遅く帰って来る時もあれば、今日みたいに午後は仕事をしないで早く帰ってきてる日もある。
玄関に入るとおばあちゃんの部屋からテレビの音が聞こえてきた。
「ただいまあ」
美智子おばあちゃんはいつも座っている茶卓の席でコーヒーを飲みながら時代劇の再放送を見ていた。
「あっ、お帰り」
つばきは美智子おばあちゃんに話したいことがあった。須藤先生のことだ。
――嫌いになった子はいる?
私が訊いた質問に須藤先生は動揺していたと思う。
――絶対にいると思った。
あの優しくて、誰にでも楽しくお話をしてくれる須藤先生が人を嫌いになるってことは相当なことがあったのだと思った。
美智子おばあちゃんは、学校で何かあったら何でもすぐ話しなさい、と言っていた。美智子おばあちゃんの隣に座ってしばらく一緒にテレビを見ていたけど、コマーシャルになって、美智子おばあちゃんがテレビを消した。
「何かあった?」
美智子おばあちゃんがつばきの顔を見た。
つばきは少し迷ったけれどやっぱり訊いてみることにした。
「おばあちゃんはさあ、今までで人を嫌いになったり、人を憎んだりしたことはある?」
美智子おばあちゃんはつばきの質問に、須藤先生と同じような顔をして反応した。
「うーん。あると言えばあるかなあ」
美智子おばあちゃんはゆっくりと答えた。
美智子は考えていた。孫に対して話していいことと、話してはいけないことがある。大人なら話しても構わないけれど、まだつばきは小学生だ。
「それはどんな人なの?」
つばきが訊くと、美智子おばあちゃんが聞き返してきた。
「なんかあったのかな? つばきがそんなこと訊くってことはなんかあったんだよね」
美智子おばあちゃんに訊かれて、つばきは学校で須藤先生に同じ質問をしたことを話した。
「須藤先生は、絶対に誰か嫌いな子がいると思った」
「誰にだってあると思うよ。世の中の人全員が自分のお気に入りの人ではないからねえ」
美智子の頭の中にある女の顔が浮かんできていた。つばきに話している間、頭の中にはその女の顔を思いうかべながら、その女のことを想定してつばきに伝えていた。
「おばあちゃんだって、仲良しの人もいれば、そうでない人もいるし、須藤先生だって、大好きな人もいれば自分とは考えが違う人だっているさ。大人ならなおさらだと思うよ。みんな、いちいち口には出さないけどね」
つばきは美智子おばあちゃんの話に何となく丸め込まれていくような危うさを感じていた。
――おばあちゃんは話がうまい。
その時、姉のもみじが帰って来た音がした。玄関のドアをバタンと閉めて、こちらに来る足音が聞こえる。いつもより、大きな音で歩いている。
――なにかあったんだな。
つばきは姉の様子に敏感になっている。最近、とても機嫌が悪い。いわゆる「反抗期」というものかもしれないと思っているが、実際、どんな感情なのかはまだあまり想像がつかない。とにかく、姉のもみじは最近機嫌が悪い。
学校でもいろいろあるらしい。特にクラスの友だちのことでもめていることをよくお母さんに言っている。
「お姉ちゃん帰って来たね」
美智子おばあちゃんにそう言われて、おばあちゃんとの会話は一段落つけられてしまった。つばきは、仕方なくキッチンに行って、おやつは何かないか探してみようとおばあちゃんの部屋から出た。幸いお母さんは買い物に行っていて留守だ。今がチャンスとキッチンの棚からお菓子の入った籠を取り出し、クッキーをつまんだ。
つばきはそのクッキーを食べながら考えた。
――おばちゃんに嫌な思いをさせた人がいる。私の大好きな美智子おばあちゃんを悲しい思いにさせた人を私は絶対許さない。
つばきはまた一つ心の中に何かめうごめくものが増えた気がした。
――私、それから私の周りの大好きな人たちが悲しい思いをしている。そういう気持ちにさせた人たちを私は絶対に許さない。
つばきは心にしっかりと刻み付けた。
――あいつのことは許してない。
美智子の頭の中に一人の女の顔が浮かんでいた。美智子は持っていたコーヒーを飲み干して目を閉じた。
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