第2話 なくしたもの
美智子が通う中学校は市内でも有数のマンモス校で、各学年8クラスもある。同じ学年の子なのに名前も顔も知らないという子ばかりだ。
学校の行事も大変だった。入学式や卒業式、校長講話も全校での音楽会も体育館の隅から隅までぎっしりと生徒が入る。体が大きな中学生が1000人以上も集まるのだから、その圧迫感は迫力があった。宿泊行事も泊まるホテルが限られている。全館貸し切りにしないと泊まれない。
美智子のいるクラスには35人のクラスメートがいる。さすがにクラスの子はわかる。元気がいい子、静かな子、勉強ができる子、運動ができる子、絵の上手な子、美智子は個性あるクラスメートの中に数人の仲良しがいて、充実した中学校生活を送っていた。
2年生になるときにクラス替えがあった。美智子には不安があった。同じ学年の中に素行不良な子が何人かいて、よく先生たちと廊下で大きな声でやりあっているのを見ていたからだ。
――あの人たちとは同じクラスになりませんように。
美智子は仲のいい子たちと話していた。
「クラスが変わっても私たちは友達だからね」
そう言ってくれる子たちといる時間がこのまま止まればいいと思っていたが、美智子の不安は的中した。
新学期が始まる日、昇降口の壁に貼られた新しいクラスの名簿を見て、溜息をついた。
――終わった……。
名簿の中に、廊下で先生たちに悪態をついていた木藤さとみの名前があったからだ。
教室に行くと、前のクラスで一緒だった子が美智子のところに来た。
「一緒になったね」
そんなに話したことはない子だったけど、他に知っている子もいない。美智子は時間がくるまでその子と話していた。その時、一瞬教室の空気が変わったのを感じた。
教室のドアを足で開けて、背負い鞄の片方だけを肩にかけてひとりの子が入ってきた。木藤さとみだった。さとみは教室を一通り見回すようにしてから、自分の座席へと向かった。名簿順に並べられた席だった。美智子がそれとなく目で追っていると、さとみの席は美智子の通路を隔てた隣だった。
美智子はそれまで話していた子と目を合わせた。
――どうしよう?
目で訴えたが、その子も一緒に困った顔をしているだけだった。
どう見ても髪の毛を染めている。一年生のころはあんな色じゃなかったと思う。
新学期早々、美智子はこの一年が早く、無事過ぎますようにと願うばかりだった。
隣にいつもさとみがいるというだけで美智子は暗澹たる気持ちになって毎日を過ごしていた。話しかけられるのも嫌だ。だから、できるだけ、さとみとは反対側の方ばかりを見るようにしていた。
それでも、隣にいるので、どうしても話さないといけないときもある。
「ペアになって、答え合わせをしてください」
数学の先生が無謀な指示を出した。
「一人の人としたら、もう一人反対側の人ともやってください」
仕方なく、さとみの方を見てノートを交換しようという素振りを見せたが、さとみは美智子の顔を見てから、ふんっ、という顔をして美智子を無視した。さとみのノートにはほとんど何も書かれていないのが見えた。
――たぶん、解けないんだろうな。勉強してなさそうだし……。
美智子はあきらめてみんなの答え合わせが終わるのを待っていた。
「ねえ、消しゴム貸して」
突然、さとみが話しかけてきて美智子は驚いた。
「消しゴム」
さとみはぶっきらぼうにそう言った。
美智子は机に出してあった消しゴムをさとみに渡した。さとみはノートに書いたものを消したいみたいだった。
――自分のがないのかな。
美智子は心配になった。返してくれないかもしれないという予感がした。
――その時は何て言えばいいんだろう……。
それとなく美智子はさとみを見ていた。消しゴムがどうなるか心配だったからだ。
心配したとおりになった。美智子の見ている前で、さとみはその消しゴムをカッターで切り出したのだ。
「えっ」
美智子は開いた口がふさがらなかった。消しゴムの三分の一くらいのところで切ってしまった。それから、美智子に切った小さい方を投げて返した。
――最悪だ。
でも、美智子は何も言えなかった。美智子は小さくなってしまった消しゴムを筆箱に入れた。
――これから、私は何をなくしていくのだろう?
美智子は不安でいっぱいになった。
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