第3話 お母さんの自慢
「明日の朝、少し早く来てみんなで練習しよ」
みんなやる気満々になって、当日の朝に早く来て練習することになった。
創一は家に帰ると、タンスの中を探してみた。自分が小さい頃着ていた服がまだあるかもしれない。全部の引き出しを探してみたが、古い服は一枚もなかった。
――どうすればいい?
お母さんが帰ってきた。言い出しにくかったが、お母さんなら何とかしてくれると思った。
「明日の朝にその服があればいいんだよね」
お母さんはそう言って先に創一に寝るように言った。
翌朝起きてみると、熊のぬいぐるみに黄色の半袖のシャツと青色の半ズボンが着せられていた。
「こんなんでいい?」
お母さんはあくびをしながら、でも少し嬉しそうに言った。
「すげえ、ありがと」
創一は服を着た熊をバッグに入れて学校へと向かった。
早くみんなに見せたい。お母さんがわざわざ作ってくれたんだ。友だちは何か別のものがきていた服を着せると言っていたけど、このぬいぐるみのためだけに作った服を着ているのは自分だけだ。
坂の途中まで来た時、歩道の端っこに座り込んでいる一年生がいるのが見えた。――どうしたんだろう?
近づいてみると、その一年生の男の子は泣いていた。ランドセルの中身を全部歩道に出して、地べたに座り込んで泣いているのだった。
「どうしたの?」
創一が声をかけると、泣きじゃくりながらその子は答えた。どうも、忘れ物をしたらしいことが分かった。
――早く学校に行かないと。
みんなもう学校に来ている時間になる。
「お家に戻ってとってくればいいじゃん」
創一がそう言ってもその子は泣いたまま立ちあがろうとしない。
――このまま学校へ行くか、この子に付き合うか。
創一はその子の手を握って立ちあがるように引っぱった。
創一が学校に着いて、教室に行くと班のみんながもう練習を始めていた。
担任の小早川先生も一緒にいて、班の劇を見ていた。みんなは創一が来たことに気づいても練習を続けている。
創一は自分が遅れてきたのだから仕方がない、とバッグからぬいぐるみを出して教室の自分の席に座ってみんなの練習が終わるのを見ていた。
一通り劇が終わると小早川先生が振り向いて創一を見た。
「みんなで集まろうってことじゃなかったの?」
――そうなんだけど……。
創一がはっきりした返事をしないので班の友だちが口々に思っていることを言い出した。
「みんな早くに集まったのに」
「来ないなんてだめじゃん」
小早川先生が創一の様子を見て、何か感じたらしい。
――なんかあったな。
小早川先生が創一を廊下へ連れて行った。
「ねえ、何があったの? 言ってごらん」
創一の目には涙がこぼれそうになっていた。話し出したらたまっていた涙があふれそうだ。
大きく息を吐いてから、ゆっくり事情を話した。
「さすが創一君。先生はあなたのしたこと、とっても大事なことをしたと思うよ」
そう言って創一の両肩に手を置いて創一を見つめた。
「先生、さっきあなたを叱りそうになったの。みんなの約束を守らなきゃだめでしょって。ごめんなさい。あなたを信じなくて……」
小早川先生の目にも涙が浮かんでいたのを創一は見た。
家に帰ると珍しくお母さんがもう帰っていた。時々そういう日がある。たぶん創一のお楽しみ会の話を聞きたくて早く仕事を終わりにしてもらったんだと思った。
玄関で「ただいま」と声をかけると、お母さんが出てきていきなり創一をぎゅうっと抱きしめた。お母さんは泣いていた。
「小早川先生から、電話があって……。あんたやるじゃない。お母さん、嬉しくて……」
朝、一年生の男の子はなかなか動こうとしなかった。ただ地べたに座って泣いていた。創一が「家に戻ってとってくればいい」っていくら言っても泣き止まない。
「仕方ない、家まで着いて行ってやる」
そう言うと急にその子は泣き止んで創一の手を引っぱって歩き出した。
創一は引っぱられるままその子について歩いていった。もう人形劇の練習はあきらめた。
どこまで戻るのだろう。随分歩いたところで角を曲がった。そこに黄色の屋根のアパートがあって、「ここが僕の家だ」と言った。
「ここで待っていてあげるから」
男の子は階段を駆け上がって部屋の中へと入っていった。
五分くらいそこで待っていた。
――みんな、怒っているだろうな。
人形劇の練習のことを考えていると、その子がお母さんを連れて出てきた。
「ありがとう。ごめんなさいね、この子一人で戻るのが心配だったみたいで」
その子のお母さんはそう言って創一に頭を下げた。
「だいじょうぶです。一人でそのままにしてしまうのが心配だったので」
創一は少しだけ大人ぶって答えた。
「さあ、行こっか」
創一が男の子にそう言うと
「じゃあ、すみません、お願いします」
その子のお母さんはもう一度頭を下げた。
男の子は創一の手を握って、もう片方の手でお母さんに手を振った。
学校が見えてきたとき男の子は急に手を放して走り出した。
――おい、それはないだろ。
創一はそう思ったが、一年生だからしかたないか、とあきらめてその子を目で追っていた。
校門に入るところでその子が振り向いて創一に手を振ってくれた。
創一も片手を少し挙げてそれに答えた。
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