第2話 ぬいぐるみ
ランドセルの上から大きな手提げのバッグの持ち手を両方の肩におぶるようにかけて、学校への坂道を下っていった。大きなバッグにはお楽しみ会で使うぬいぐるみが入っていた。
先週の学級の時間でお楽しみ会をクラスですることになった。班ごとに何かみんなを楽しませることを考えて発表しようという会だ。
「ぬいぐるみを使って人形劇をしようよ」
――同じ班の女子が提案した。創一はあまり気が乗らなかった。ぬいぐるみって言われても自分は持ってないし……。
――それに、もう高学年になったのに男子でぬいぐるみで人形劇ってちょっと恥ずかしいだろ。
それでも、その女子の提案以外にいいアイデアも出ず、班のみんなでその提案を飲んだ。
創一の家にはお父さんがいない。創一が保育園に通っているころ家を出て行った。詳しいことは聞かされていない。ただ、その頃よく、祖母の家に創一が連れて行かれて一人で祖母の家に泊まらされていたことは、そのことと少し関係がありそうだくらいのことは分かった。お父さんとお母さんの間で何かが今までと違っていることは子どもの創一にも敏感に伝わっていた。
お母さんと今は二人で暮らしている。お母さんが工場で働いてから家に帰ってくるまで創一は一人だ。お母さんには心配かけてはいけないと思って、いつもお母さんが帰ってくる前には宿題も終わらせるようにしていた。帰ってきたお母さんはいつも疲れたような感じだったけど、それでも自分のために夕飯を作って、創一の学校であったことを嬉しそうに聞いてくれた。
人形劇の話をするのは少し気が引けた。学校でぬいぐるみを使うということは、いつものお母さんの姿を見ているとなかなか言いにくいことだった。
それでも、なんとか手に入れないと班の友だちに迷惑がかかる。迷ったけど創一はお母さんに打ち明けてみた。
「学校でさ、人形劇をすることになったんだ」
お母さんは洗い物をしながら聞いていた。
「それで、人形はみんなが持っているぬいぐるみでやろうってことになってさ」
お母さんが創一を見た。言いにくそうに言っている自分の息子の様子を察したのかお母さんが創一を見て笑った。
「あんた、困ったんじゃない?」
お母さんは手を拭いた。
「買いに行こっか」
創一を車に乗せてお母さんは中古品を買い取って安く売っているお店に連れて行ってくれた。
「どんなのがいいの?」
玩具のコーナーにはぬいぐるみが並んでいた。小さいのから大きいのまで、ライオンや熊、キャラクターもの、選ぶのが困るほどあった。みんなどれもこれもいらなくなって売りにきたものたちだ。
「あんたのキャラだとこれかな」
お母さんは並んでいたぬいぐるみの中から茶色の熊のぬいぐるみを選んだ。脚を投げ出して座っている格好の熊だった。
帰りの車の中で創一はその熊が入った袋を膝に抱えていた。人が使ってたものだけどこの熊は僕のために並んでいたんだ、と思えてきた。お母さんも嬉しそうにしている。
「アイスでも食べようか」
お母さんとコンビニの駐車場でバニラのアイスを食べた。
先生が学級の時間を練習をする時間にしてくれて、班のみんなで考えた台詞を台の下で言いながら手を上下に揺らしたり、左右に振ったりしてぬいぐるみを動かす練習が始まった。
最初のころは恥ずかしくてやってられないと思っていたが、やっているうちにその恥ずかしさもだんだんに薄れて、今ではそれでも、どうせやるならいい発表にしたいと考えるようになっていた。
そのお楽しみ会を翌日に控えた日、班で練習していると、この劇を提案した女子が新たなアイデアを言い始めた。
「ぬいぐるみたちが裸じゃ、なんだかかわいそうじゃない? 何か着せてあげようよ」
今からそれをやるのは難しいと思った。だけど、みんながその意見に賛成してしまった。練習をしているうちにみんなのテンションも上がってきていたのだ。創一もそれに従うしかなかった。
「わたしは女の子の人形に着せていた服があるから、それをこのわんちゃんに着させる」
「おれんちは弟が小さい頃着ていたシャツがあったと思う」
みんななんとかなりそうだと言っている。創一は考えたけど、どうしたらいいか困った。創一には弟も妹もいない。人形も持ってない。
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