別章
風待山(かぜまちやま) 3
「また行ってきたんですか」
玄関に人が入ってきた気配がした。ごとごとと、靴を脱いでゆっくりと廊下を歩いてくる音がする。
食事をする部屋に女が入ってきた。
こぎれいな容姿で背筋は伸びているせいか、若々しく見える。
「どうも、気に入らなくてね、あの女」
食事をする部屋は長い机が並べられ、そこにいすが少し間隔を置きながら並んでいる。
その婦人は、一つのいすに腰をおろすと、ふうっと一息、ため息のようにも、やり終えた後の満足感のようにもとれる大きな息を吐いた。
窓の外は天気が悪く、眺めのいいはずのこの高台からも庭先にある木々の葉の色ぐらいしか見えなかった。
その婦人にお茶を入れてあげようと、湯飲み茶碗を探していると
「その棚の一番右にあるクマの絵が描いてあるのが私のよ」
と、教えてくれた。
棚の右側にたしかにクマの絵が描いてある湯飲みがあった。年齢のわりにかわいい湯飲みを使っている。
「笑わないでね。私、クマが大好きなの。その湯飲みも見かけたときは即買ったの」
――わたしもクマが好き。クマには思い出がある。
婦人はそのかわいい湯飲みでお茶をゆっくりと飲み、じっと外を見ていた。
「生け垣の赤い花のつぼみが膨らみだしてる」
婦人が杖で外を指して教えてくれた。
――しっかりと見えている。
この婦人の目は何もかもしっかりと見えている。
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