第5話 放任

 私は勉強を全然してこなかったから、行ける高校は限られていた。市内周辺にある私立高校なら行けると担任が勧めたが、そこの高校は私みたいな勉強が嫌いで、先生に反発ばかりしていたような子が行く学校ではなかった。

 どちらかというと、自分で何もできない、言われたままにしかできないような静かで、クラスの中では陰が薄いような子たち、私とは真逆のいじめられそうな子たちが通うような学校だった。

「行きたくない、そんなとこ」

 進路の面談で担任にそう告げると、担任も困ったような顔をしてその高校のパンフレットを私に持たせて

「お父さんと相談してみて」

と、面談を終えた。

 父はその頃は少し仕事も軌道に乗り始め、忙しそうにしていて私のことなど頭の中になかったと思う。

 担任からもらったパンフレットは台所のテーブルに置いておいたが、父がそれを見たのかは分からない。

 時間が迫ってきていた。どこの高校に行くのか周りの子たちはもう既に決めていて、クラスの中も受検の雰囲気が濃くなっていた。休み時間になっても参考書を見ている子も増えてきていた。

 担任に呼ばれて面談をした。

 結局、私は担任の勧めた学校に行くことにした。父も何も言わなかった。 


 あけみの部屋からたばこの臭いがこの部屋にも入ってくる。

 自分も高校の頃から吸っていたけど、吸わなくなったら人のたばこの臭いに敏感になる。

「あけみ、たばこは外で吸って」

 一度、あけみが部屋に来た時に言ったことがある。

「うるさー」

 あけみはそう言ったきり、未だに部屋でたばこを吸う。


 高校の頃のことはあまり覚えていない。

 自分のいるべき場所ではないとは思っていた。

 周りの子は予想通り、鈍くさくて、何言っても困った顔して笑っているだけだった。勉強はこんな私でもわかるくらい内容が薄くて、小学校の時に習った九九や筆算をやらされた。

 途中からやってられなくなって、ほとんど学校には行っていない。

 それでも、その高校は卒業させてくれた。めんどくさかったからだろう。

 父も、学校も、周りの子も、私のことにはなんの関心も示さず私はただ、好きなように生きていた。

−−生きていた? そういうのはただ、この世にいた、と言う方があってるかもしれない。


 高校を卒業してからは、父の会社に入った。私はどう転んでも父の会社に入ると思っていたから、それがかえってよくなかったのかもしれない。

 目標もないし、高い志も芽生えるはずもない。

 そして、だれも期待していない。


 父の会社は木藤工業という会社で、電気機器の部品を組み立てている。何個もの部品を下請け会社に注文して、そこから集まってきた部品をラインに乗せて組み立てていく。できたものは、また上の工場へと納入していた。

 私は、入社して事務所の仕事をすることになった。請求書やら納品書やら、私には難しくて詳しいことは分からなかったが、言われたままに私は書類を作っていた。

 言われた通りに数字を書き込んでいけばいいと教えてもらった。毎日、毎日同じことの繰り返しが耐えられなくなってきた。

 時々、眠くなってやってる振りをしながら寝ていたときもあった。電話の音ではっと目が覚めるが、私が出ることはない。出たところで、相手の言っていることを理解できないからだ。

 こわいばばあがいた。私と一緒に入った男子職員にはミスがあると厳しく注意していた。

「あなた、ここ間違っているけど。計算の仕方は……」

 怒られているその男子職員はメモをとりながら、頭を何度も下げながらそのばばあの言っていることを聞いていた。

 近くで聞いていた私も背中に冷や汗が出るくらい怖かった。


 ただし、私はそのばばあに一度だって怒られたことはなかった。


 私はただ、そこにいただけだった。

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