第2章 久保あけみ スーパーのレジ員
第1話 つま先
「ニコチン切れたわー」
レジをうちながら、早く休憩時間がこないかと店の入り口にかけてある時計に目を向けた。
久保あけみは、長い列を作って待っている客に年寄りが多いことにいらついてきた。時刻はもうすぐ昼の十二時になる。
午前中の店内は年寄りだらけだ。夕方の混み合う時間を避けて、この時間を選んできているのだ。みんな、ワイドショーが終わって、暇な時間になるのだろう。
ゆっくりと財布を出す客に心の中で悪態をついていた。年寄りはほぼ現金払いである。財布を開いて中から小銭を探す。
「早くしろよ」
老人が小銭を探している間、あけみは老人から見えないつま先をレジの下で小刻みに動かしている。
気を付けないと床を踏んでいる音が聞こえてきそうだ。いや、聞こえてもいいかとも思っている。
列の最後にサングラスをかけた婦人が並んでいた。その婦人がようやく小銭を出し終えて、レシートを渡した。
ようやく会計が終わったかと思ったら、その婦人はかごに入っていたネギを取りだし、
「このネギはチラシでは一束百二十円って書いてあったけど」
と、レシートを見せてきた。
レシートを確かめるとそこには百二十五円と打ってあった。
「ちっ」
舌打ちをした。聞こえたかもしれない。
あけみは
「すみませんでした」と、レジを打ち直し五円を返す。
そのサングラスの婦人はぶつぶつ言いながらレジの前からはなれていった。
客の列が終わったところで、間髪空けず、あけみは急いで足もとに置いてあった空のかごをレジ台の上に伏せて置いた。このレジをとめた、という意思表示である。
隣のレジでまだ客の相手をしている同僚をちらっと見て、軽く頭を下げてレジを離れた。
バックヤードへ続くドアに体をぶつけて中に入る。商品が入ったままの段ボール箱が積まれた通路を急ぎ足で休憩室へと向かった。
「ニコチン、ニコチン」
あけみが休憩室に入っていくと、先に休憩に入っていたパートの仲間が弁当を食べ終えてテレビを見ながら数人でだべっていた。
「おつかれー」
須藤という、あけみより若いパートがテレビを見ながら言った。
あけみはその声を無視して、自分のロッカーからポーチを取り出し、店の裏側にある喫煙所へと急いだ。
先ほどのネギの値段を言ってきた老婆の事を思い出して、たばこに火を付け、大きく胸に吸い込み、空に向かって煙と一緒に毒を吐いた。
――うぜえ、ばばあだ。
このスーパーに働き出して三年が経つ。開店前の九時から娘たちが学校から帰って来る四時までのパート勤務である。住宅街にある老舗のスーパーで、この辺りでは大きな構えをもったスーパーである。
商品の品出しや、検品、パック詰めもするが、レジうちが一番自分に合っていると思っている。
自分はなかなかの社交派であるという自負があった。友だちも多いし、誰とでも臆せず話せる性格であると思っている。レジうちをしながら、顔見知りになった客と話すことも嫌いではない。
立て続けに二本のたばこを吸い、休憩室に戻ると、先ほどまでいたパート仲間はもう休憩時間を終えて、だれもいなくなっていた。
愚痴を聞いてもらいたかったが、仕方なく一人で弁当を出して、テレビを見ながら食べ始める。
昼のワイドショーが韓流アイドルのライブ情報を流していた。娘が推しているグループだった。中学二年になる未亜は韓流アイドルに夢中だ。
「帰ったら、未亜にテレビで見たよって話そう」
テレビを見ながら一人でぼんやり食べているところに店長の山崎創一が休憩室に入ってきた。あけみと同じ年になる。
「久保さん、ちょっといいですか」
山崎があけみの前に座って、一枚の紙をバインダーから取り出しテーブルに置いた。
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