第2話 居場所
このまま死んでもいい。
ベッドの上で天井を見つめながらさとみはそう思っていた。
おじいちゃんは会社の社長で、大きな工場をたくさん持ってるすごい人だった。年寄りなのに、背筋もピンとしていて、歩くのも速い。
会社から帰ってくると、家族みんなで夕飯を食べた。お父さんもお母さんもその頃は優しくてけんかなんてしたことなかった。
元気だったおじいちゃんはさとみが小学校五年生の時に突然亡くなった。学校で勉強しているとき、担任の先生に廊下に連れ出されて、すぐ家に帰るように言われた。
「おじいさんが・・」
びっくりした。その日の朝も散歩に行っていたはずだ。会社で会議をしているときに急に意識を失って病院に運ばれたって聞いた。
おじいちゃんがいなくなって、お父さんが社長になった。
そこから、狂い始めた。私の人生が。
お父さんは仕事は一生懸命にやっていたと思う。それまでも、おじいちゃんの会社で働いていたから、仕事のことは分かっていたと思う。
お母さんはお父さんが社長になってから、おしゃれに気を遣うようになったと思う。自分も女だからわかる。きれいなものを身につけていたい。社長の奥さんならなおさらそう思うだろう。お父さんもお母さんのおしゃれには何も言わなかった。
結構高そうなものを次から次へと買っていたと思うけど。
お母さんのおしゃれに何も言わない代わりにお父さんも自分がやりたいようにやるようになった。
夜、遅くまで帰ってこない日が多くなって、いつも酔っ払って帰ってくる。
家族そろっての夕飯は珍しくなってしまった。
そうしているうちに二人のけんかが絶えなくなってきた。私はテレビを観たいのに、二人のけんかが始まる。
結局、お母さんは家を出て行った。原因はお父さんの女関係だったのだと、大人になって分かった。お母さんは実家へ帰ったきり、私のところにも連絡をしてこなかった。たぶん、別の誰かと再婚したのだと思う。
中学に入ってからの私は、自分の居場所がないと思うようになった。家にいても自分の家じゃないような冷たさがあった。
学校から帰ってきて玄関に入るときが一番嫌だった。どんよりとしていて重たくて、いくら吸っても胸に空気が入ってこない感じがした。苦しいのだ。息ができない。
お父さんは毎晩酔っ払って帰って来ては大声で私を罵った。
私が友だちと一緒に買い物に行って買ってきた小物や髪飾りを手に取って
「何でこんなもの持ってるんだ」
と、怒鳴られたことがあった。
――いちいちうるさい。自分だって勝手なことして家族を壊したくせに。
お父さんは仕事がだんだん上手くいかなくなっていたのだと思う。いつもイライラしていて、なにか気に障ることがあるとすぐに大きな声を出した。
その頃、私が学校で教師と髪型のことで揉めたことがあって、お父さんが学校に呼ばれたことがあった。私も一緒に先生たちのお説教を聞いていた。
髪型のことばかりでなく、それまでの私の素行についてまで、しつこくねちねちと言ってくる女の教師がいて、そいつのせいでやってもないことまで私がやったことのようにされた。
「じゃあ、うちの娘が全部悪いってことか、あ?」
お父さんが急に大きな声を出して、先生たちに啖呵を切った。
それまでねちねち言っていた先生たちが急にあたふたとしはじめたのはおかしかった。
――だっせー。
そうだ、言われっぱなしじゃだめだ。相手になめられたら終わりだ、と初めてそう思った。
――言いたいことはどんどん言う。
――やりたいことは好きなだけやる。
――お前らとは違う生き方をする。
学校が自分の居場所になった。ここでなら自分の好きなようにできると思った。それは自分だけの好きなことだったが。
普通におりこうに生きてる友だちが嫌いだった。偉そうに説教してくる教師が嫌いだった。
だから、思いっきり自分の主張をしてやった。
そのうち、自分の周りから人がいなくなっていった。
――いいんだ。どうせ、誰からも好かれてないし。
学校が自分の居場所になった。
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