第6話 嫌いな子
転校してきてひと月が経った。つばきはもうすっかりこのクラスの子としてなじんでいた。
「ねえ、つばきちゃん、いっしょにピアノやろ」
「つばきちゃん、何色がすき?」
クラスの子はたくさん話しかけてくれる。時には自分の思い通りにならないこともあるけど、それも人と一緒に生活すれば当たり前に起きることだと思って、流している。
男子はいつもやんちゃだし、幼いと思う。くだらないことを言い合っては笑っているし、校庭や体育館で遊んできては汗でぐちょぐちょになって教室に戻ってくる。それに、言い争いも多い。私からすればどうでもいいことだと思うけど、けんかばかりしている。だけど、すぐにけんかをしていたことなんて関係なくまた遊んでいる。
――よく飽きないなあ。
男子のことをうらやましくも思う。女子は友だちづきあいが大変だ。これはお母さんも言っていた。一度こじれるとなかなか元に戻らない。誰かと一緒にいないととても不安になる。自分だけ仲間はずれされてるんじゃないかって。
須藤先生が道徳の教科書の五十ページを開くように言った。私は道徳は好きだ。道徳は嫌いだという友だちも多い。考える事が面倒くさいらしい。だけど、私はその考えるということが好きなのだ。
何が正しくて、そんなときにはどうすればいいか。道徳の本を読んで自分で答えを探して考えることが面白いと思う。
須藤先生が言ったページにはルールを守らない子が一人いて、その子に対してみんなで意地悪を始めるお話が出ていた。意地悪をしているうちに、そのルールを守れない子は学校に行きたくないと言い始め、担任の先生に相談する。担任の先生は意地悪をしていた子たちにどんな気持ちでやっていたのかを聞くが、ルールを守らない子がいけないんだ、と先生の話に心を開かない。
須藤先生が私たちに訊いた。
「ルールを守れない子がいたら、みんなはどうしますか?」
私はその先生の質問に答えようと考えていた。隣に座っている男子が手を挙げた。いつも、みんなをまとめてどちらかというとリーダーになって遊びをまとめているタイプの子だ。
「ぼくなら、ルールを守らない子とは遊びません。つまらないからです。でも、どうして遊ばないのかは伝えたいと思います」
須藤先生は黙って聞いていた。廊下側にいる女子が次に手を挙げて意見を言った。「私はルールを守らないことをきちんと伝えます。意地悪をするのは少しやり方がいけないと思うからです」
つばきはなかなか自分の考えがまとまらなかった。どちらもいけないと思う。道徳的には、意地悪をするのはよくない、という答えが正しいと思う。だけど、私の経験からすると、そういうルールを守らない子って、口で言ってもだめだ。その時は聞いたような顔をするけど、元々持っている性格や考え方はすぐには直せない。
――やっぱり私も意地悪するかもしれない……。
結局、その時間、つばきは意見を言えなかった。私の考えを言うのは教室のみんなの気持ちを曇らせるだろうと感じたからだ。このクラスだと、やっぱり、意地悪しないできちんと口で伝える、と言う方がすんなりと入る気がする。
もやもやしたまま、休み時間になった。みんな教科書を片づけると校庭や体育館に行ったり、図書館で借りてきた本をバッグから出して読んだりし始めた。
いつもなら須藤先生の周りにはたくさんの子がいるのに、この日はなぜか須藤先生だけがいつものように自分の席でぼんやりとしていた。
「先生、さっきの道徳の話だけど」
つばきが自分のもやもやした気分を聞いてほしくて、だれもいないし今ならいいかも、と須藤先生に話しかけてみた。
「うん」
須藤先生は急につばきに話しかけられて驚いたような顔をして見た。
「ルールを守れない子は私は好きになれません。やっぱりそういう子にはなんとか分からせたい、という気持ちが出てきてしまう」
「そうかもしれんわなあ。きれい事じゃ済まないよね、実際に生きてると」
須藤先生はつばきが予想していたことと反対の反応をした。だから、つばきはもっと話したくなった。
「嫌いな子にはそれなりの理由があるし、口で伝えてまで仲良しになりたいとも思いません。ひょっとしたら、私も本に出てきた子たちのように意地悪をしてしまうかもしれない」
須藤先生はつばきの顔を見て、その真剣な顔つきに答えるように静かに話した。
「前の学校のことを言っているのかな。つばきさんのこと少し聞いているから。嫌いな人って誰にでもいる。学校ではみんな仲良く、とか人には優しく、とかいっているけど、それってかなり自分を犠牲にしていることだよね。いい人の方が損をしているような感じだよね」
つばきは自分の気持ちをずばりと当てられたような気がした。
―そうだ、いい人や正しい人が譲っている。ルールを守らない人や人に嫌なことをしている人の方がいい気分で生活している。実際に私は前の学校で経験した。
つばきは小岩井先生のことを思った。それで、須藤先生にも訊いてみたくなった。
「ねえ、先生は、今まで教えた子たちの中で、嫌いになった子っている?」
――小岩井先生はあの学級をめちゃくちゃにしたあいつのことをどう思っているんだろう?
――許してないよね、大っきらいだよね?
須藤先生はつばきの質問に戸惑ったような顔をして、すぐに答えを言わなかった。だけど、つばきには分かった。
――須藤先生にも大きらいになった子がいる。
この前書いた作文を思い出した。須藤先生が困っていたら、私は動く。そう思ったことが心の中に思い出されてきた。
休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「うーん、またいつか話そうか。先生の答えはもう少しまっていて」
須藤先生はそう言って黒板の方に歩いて行ってしまった。
――許さない。須藤先生を困らせたやつを。
つばきは須藤先生の背中を見ていた。
――どんな子だったんだろう?
須藤先生が嫌いだと思ってる子って。
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